夫の葬儀までのあいだに、2つのミラクルともいえる出来事が起こっていた。

 

一つ目のミラクルは夫が救急車で運ばれるところから始まる。

 

私たちの住まいは割と田舎の方だ。そして、お年寄りが多く暮らしている地域。

 

そんなところに、救急車が入ってくると沢山の人が集まってくる。

夫の時もそうだった。

 

その集まってきた人の中に、3月まで次女が通っていた小学校の保護者がいた。

その方が小学校の校長先生に、「夫が救急車で運ばれた」と話した。

 

校長先生が夫が亡くなったことを、どうやって確認したのかはわからない。

(先に忌引きの連絡をしていた中学校に確認したのかもしれない)

 

しかし、その後よその小学校に転勤していた6年時の担任へ連絡。

転勤先の学校へ電話を入れたようだが、本人が出れなかったのだろう。

 

事務員が応対した。なんと、その事務員が私の母方の「いとこ」だったのだ。

校長先生から小学校名と亡くなった父兄の名字を聞いて驚いたそうだ。

 

実は、彼女も早くに旦那さんを亡くしている。そこから小学校の事務員として

働いていたが、どこの小学校かは知らなかった。

 

その後、彼女がすぐさま兄と妹に連絡。通夜の席に3人で駆けつけてくれた。

 

喪主に慣れていない私は、わからないことだらけで一人不安になっていた。

通夜の受付を誰かにお願いしないといけなかったらしく、そのことを通夜が

始まってから知ったゲロー

 

どうしようかとパニックになっていた時に、いとこの長男であるYが

喪服姿で颯爽と現れて、何も言わずに受付を引き受けてくれた。

 

妹たち二人は人が集まるだろうと、お菓子を沢山準備してきてくれていた。泣キューン

 

いとこ達は私より一回り歳上で、伯父、伯母、次女の夫と3人の葬式を経験している。

 

私は、夫が亡くなったことを親戚には知らせなくていいと思っていた。

それは、幼いころからの習慣で「人を頼る」「人に甘える」ということが

出来ない自分だったから。

 

そして、近所の保護者の方が『校長先生に連絡した』と知ったとき

「普通、言わないでしょ?!」と少し困惑した。

 

しかし、そのかたが校長先生に話したことで結果的に助かったのだ。

 

長男Yは、同じ地域に住んでいて最後まで会場に残ってくれた。

今でも、近くにいてくれることで心強い存在になった。

 

私は、この一件で「人を頼る」「人に甘える」ということを少し学んだ。

 

夫無き今、一人で子育ては出来ない。沢山の人に助けられて3年目の今に

至っている。

 

❝いつまでも 人、物、出来事への 感謝の気持ちを忘れずに歩いていこう❞

 

 

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