こんにちは!今日和^^
今日も私の好きな、戦国武将の言葉を載せます。
織田信長よりも早く表舞台に出て、戦国時代の幕開けを告げたともいわれる
武将の言葉ですね^^
少しでも暇があらば、物の本を見、
文字のある物を懐に入れて、
常に人目を忍んで見るようにせよ。
by 北条早雲

早雲の名前は、関東、とりわけ神奈川県人ならばご存知のことでしょう。
そう、早雲は、あのかまぼこで有名な小田原のランドマーク、小田原城をのっとった人物です。
関東の暴れん坊として名高い早雲ですが、一城の主となったのは、実は57歳。
小田原城をのっとったのは64歳。
相模国を支配したのは、なんと85歳になってから。
80代後半の大往生でした。
人生50年とされた戦国の世なのに、とんでもないキャリアを持っているのです。
さて、上記の言葉は、早雲が晩年に残した『早雲寺殿廿一箇条』の中からの一説です。
この言葉で、早雲は読書の大切さを説いています。
脳は使わないと衰えていきますが、一方で実年齢に抗って、使えば使うほど活性化していき特に読書は老化防止に役立つ、ということを、医学が発展する前から早雲は見抜いていたんですね。
だから、80代後半まで早雲はイキイキしていたのかもしれません。
今の年に関係なく、常に何かを学ぼうと努力し続けることは、運動とともに、若さと健康のヒケツなんですね^^

今日も私の好きな、戦国武将の言葉を載せます。
織田信長よりも早く表舞台に出て、戦国時代の幕開けを告げたともいわれる
武将の言葉ですね^^
少しでも暇があらば、物の本を見、
文字のある物を懐に入れて、
常に人目を忍んで見るようにせよ。
by 北条早雲

早雲の名前は、関東、とりわけ神奈川県人ならばご存知のことでしょう。
そう、早雲は、あのかまぼこで有名な小田原のランドマーク、小田原城をのっとった人物です。
関東の暴れん坊として名高い早雲ですが、一城の主となったのは、実は57歳。
小田原城をのっとったのは64歳。
相模国を支配したのは、なんと85歳になってから。
80代後半の大往生でした。
人生50年とされた戦国の世なのに、とんでもないキャリアを持っているのです。
さて、上記の言葉は、早雲が晩年に残した『早雲寺殿廿一箇条』の中からの一説です。
この言葉で、早雲は読書の大切さを説いています。
脳は使わないと衰えていきますが、一方で実年齢に抗って、使えば使うほど活性化していき特に読書は老化防止に役立つ、ということを、医学が発展する前から早雲は見抜いていたんですね。
だから、80代後半まで早雲はイキイキしていたのかもしれません。
今の年に関係なく、常に何かを学ぼうと努力し続けることは、運動とともに、若さと健康のヒケツなんですね^^
