地域性
東京弁のヒト(→特に女子。しかも東京弁を標準語やと思ってる確率高し)に感じる可能性の高い違和感。
「ほら、こないだアバター観たじゃん」
この場合、これを問いかけられてるワタシが一緒に観た、っちゅう意味になりませんか?
でも、いっしょに観てへん、っちゅうことはお互い百も承知ナノデスヨ。。そして、さらにはこのヒトがアバター観た、なんちゅうことも初耳やったりするわけです。。
これ、たとえば大阪で言うたとすると、
「ほら、こないだアバター観たやん」
「知らんがな」
いう回答が返ってくるわけですよ。正しくは、「こないだ、アバター観てん」なのです。
お互い承知してることでないことについて言うときには、同意を求めるのではなく、報告するもんです。
だから、間違えたいい方すると、冷たく「知らんがな」。わざとボケたときには、ツッコミ。
そのどちらでもないのに、共通認識のようにしゃべることに、なんだかひどく違和感を覚える訳です。
ないですか?気にしすぎですか、ワタシ?!
もいっこ気になるのは、謙譲の精神。
「来る」と「来てくれる」は厳格に区別したい。
だってさ、自分が主催する会議やらイベントやらに「来るならどうぞ」って言われたら、「そんなん言うンやったら行けへんわ!」って思ってしまうもん。。。そんな上から目線でワタシにしゃべってええんは、アントニオバンデラスと佐々木蔵之助くらいやっちゅうねん!!(→あ、カカも許します)
「ほら、こないだアバター観たじゃん」
この場合、これを問いかけられてるワタシが一緒に観た、
でも、いっしょに観てへん、
これ、たとえば大阪で言うたとすると、
「ほら、こないだアバター観たやん」
「知らんがな」
いう回答が返ってくるわけですよ。正しくは、「こないだ、
お互い承知してることでないことについて言うときには、
だから、間違えたいい方すると、冷たく「知らんがな」。
そのどちらでもないのに、共通認識のようにしゃべることに、
ないですか?気にしすぎですか、ワタシ?!
もいっこ気になるのは、謙譲の精神。
「来る」と「来てくれる」は厳格に区別したい。
だってさ、自分が主催する会議やらイベントやらに「来るならどうぞ」