母を施設に入れようなんて思わなければ
事故になんて合わなかった・・
あれをきっかけに
私は、何かを選択するということに
とても怯えています。
意志疎通の出来ない母
の代わりに
生死を分けるような選択も
この先あるだろうと
怯えています。
怯えてないで
強くならなきゃと
がちごちに固まる体を
とても軽くしてくれました。
自分一人で思い悩んでいては
なかなか自分の選択を
許してあげられないものだけど
読んでみて
その通りだと納得する記事でした。
胃瘻なんて関係のない方にも
是非読んでほしくって
リブログのリブログなんて初めてです![]()
親の胃瘻造設を
選択した娘さんが
自分の選択を後悔していることに
介護のお医者さんさんは
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胃ろうを選択してなくても
それを後悔するんです。
「あの時
胃ろうにしておけば
今も生きてるかもしれないな~」
って。
だから後悔する必要ありません。
そのとき、
そのとき
最善と思った選択なんですから。
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刺さる~~~~![]()
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そして
これは
胃瘻造設の選択時に限らず
難しい選択に迫られた時
そう思えたらと
mimikoさんは発信されています。
大事な家族や自分の事、
何か難しい選択に迫られた時、
どっちをどう選んでも
それを選択した自分を
背負い続けて生きて行かなければならない。
誰も責めなくても
自分が責めてしまえば
もうそれだけで
生きていくのが辛くなります。
自分が自分を許さないと
どうやったって
その辛さはなくならない。
介護のお医者さんさんがおっしゃるように
どっちを選んでも
それがそのときの最善だという言葉。
施設入所を決めたときも
胃瘻造設を決めたときも
いつもそうだった。
その時出来ることをと
精一杯悩んで一つ一つ選んだ。
最善だったと言えます。
だから、それ以外の選択はなかった。
それなら
後悔する必要なんてないんだと思えたら
後ろを気にせず
前に立ちはだかる大きな壁さえも
小さく感じれた。
生きていくことは、選択の連続で。
小さなことから大きなことまで
全て自分の選択で
それを痛感した日から
この先の選択のために
もっと強くならなきゃと
力むばかりの自分の心を
軽くしてくださいました。
mimikoさん、介護のお医者さんさん、
大切なメッセージを
本当にありがとうございます。
何かを後悔する誰かにも
届いてくれたらいいなぁ。。。。
