我が家の両親は20年ほど前に離婚しました。
私
が、20歳頃でした。
20歳というと
成人し、もう大人の仲間入りなのに
皆が羨むほど
仲良し家族だったはずの自分の家族の
子供も大人もよく集まり皆で遊ぶ家でした。
二本柱が
急に別々の道を歩む![]()
ということを
やはり受け入れがたく
体の真ん中がくり抜かれたような感覚でした。
ですが
まだ中学生だった弟
や
高校生だった妹
を想うと
悲しんでもいられず
20歳という大人の入口にいる自分を演じ
容易く受け入れたふりをして
自ら選んだ道といえども
一本柱になってしまって
大変そうな両親それぞれの
心のケアに努めていました。
外で働いたことのない母
が
頑張って一人で生きて行こうとする姿。
いつも当たり前にあった
自分を支える大切な存在を失って
それを受け入れられず荒れる父
。
どっちも大切で
どっちも支えたくて
でももうそんな二人が一緒に歩くことはなくて
20歳になって初めて
世の中にはどうにもならんことがあるんや![]()
と
知りました。
あれから何の経験も力もない自分なり
に
二人を支えながら
本当に色んなことがありました。
隣の友達![]()
とは違うことばかりが起こり
普通に歩きたいのに
『私、ドラマの主人公?
』
と思う程
いつも破天荒さを求められ
転がったり
、ぶつかったり
してきました。
もうボコボコだけど
普通の母親
になりたくて
ボコボコを丁寧に平らにしていく努力をしました。![]()
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そこで
両親が病気になりました。![]()
平らになったけど
今度は大きさを求められました。![]()
平らで出来るだけ大きい壁を作る毎日です。![]()
どんなでかい嵐にも打ち勝つ大きな壁を。![]()
そんな中。
今朝
見守りカメラで母の様子を覗いてみると
母のベットの隣で
父がお布団敷いて二人テレビを見ていました。
とても穏やかな朝です。
あの日くり抜かれた体の一部が
気が付いたら埋まっています。
そして
毎日大きな壁を作っていたけれど
もしかしたら
もうこれ以上の壁を造らなくていいかもしれない
そんな気持ちになりました。
もうゆっくり歩いていいのかなぁって。
母の病気が真ん中にある日々は
自然と悲しい部分だけをクローズアップしがちですが
考えてみると
病気になる前、
両親がそれぞれ孤独を感じ
弱りながら年を重ねる姿は
私にとって大きな大きな悲しみでしかありませんでした。
支えたいけど根底にある孤独は
なかなか拭えるものではありませんでした。
でも今
目の前で二人が孤独を感じず生きていることが
私にとって
とてつもない大きな喜びで
それだけで
私に大きな力を与えてくれています。
不思議だけど
ながーい長い道を歩いたらここに辿り着きました。
そんなことを考えていたら
今朝の雲いっぱいの中から顔出す太陽
は
なんだか私を応援してくれてるようで嬉しくなりました。
少し、ペースを落としてゆっくり歩いていこうと思います![]()

