『とととととととと。おねがい

 

 

 

母が話せる言葉は

7年で『とととととと。』

だけになってしまった。

 

 

 

 

七年前に『乾麺』がわからなくて

病院に駆け込み

初回の言語のテストで

母が

『マッチ』も

『犬も歩けば棒にあたる』も

『日本の四季』も

チンプンカンプンな様子を見て

自分の目を疑った。

でもテスト中、

わからないことがたくさんあって

居心地悪そうな不安げな

助けてあげたくて

何も驚いてない娘を演じた。

そして心の中で

ただ母が教養がないだけであってほしいと

心底願った。

 

 

 

そうして

時間と共に

普段使わない言葉たちは

順番に

母の脳から姿を消して行った。

 

 

 

1年後には

普段使う物の名前までも順に失った。

 

 

コップ、掃除機、靴に鍵。

 

どれも

実際、物を指差して

目で確認してもらいながらじゃないと

何も伝わらなくなっていった。

こんなに便利な世の中で

電波がいくら良くても

電話が役に立たない生活になった。

 

 

でも

たくさんの言葉を失っても

母の脳に最後まで居てくれた言葉

いつも母の気持ち

ちゃんと私に届けてくれた。ハート

 

 

『申し訳ない。』

 

 

『ありがとう。』

 

 

『すごいな。』

 

 

『知らんかった。』

 

 

 

そして真顔お母さんの名前が残ってくれた。

 

 

 

今日あそこで、

こんなことがあってな、

こんな人にあってな

こんな目にあってん

 

 

みたいな

詳細はわからなくとも

母の気持ち

このどれかで十分通じた。

人間、相手の気持ちの色さえ分かれば

なんとかお互いを思いやって過ごせることも知った。

 

 

 

そして今

母が発する言葉は

『ととととととととおねがい

だけ。

 

 

 

今の母に何がどう見えているのか知りたくて

母の事を知りたくて

五感を研ぎ澄まして。。。目の奥をずー---と奥の方まで探る。

 

 

ほんとは母が何を話してくれてるか

もっとちゃんと知りたいけれど

まぁいいや。

 

 

 

母が私に自然に何かを話そうと

言葉を発してくれることが

もう嬉しい。

 

 

 

感動する。

 

 

 

一生懸命が届く。

 

 

 

 

母の失ったものは、誰が見てもみつけられるけど

これまで一生懸命生きてきた母を

ずっと見てきた私だけは

母が得たものをたくさん見つけてあげたい。

 

 

 

 

きっと

普通に過ごしてたら

見向きもせず通り過ぎていく

キラキラしたかけらをたくさん見つけられる今日が嬉しい。

そして、それを誰かに分けられるともっと嬉しい。

 

 

 

今日もそんなキラキラをたくさん見つけて

皆さんにも届けられたらいいなぁ。

 

 

では、行ってきます馬

 

 

 

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