父も妹も私も母の見守りが出来ないピンチが

この半年何度かありました。

そんな緊急時に駆けつけられる人

 

それがお父さんの存在でした。

 

 

その弟がいなくなるあせる

 

 

 

このタイミングでお母さんのお休みに合わせて

おじいちゃんと3人で改めて話し合いの場を設けました。

 

 

家族の話し合いを仕切るのはいつも私ニヤニヤあせる

よくしゃべる人間ですデレデレ

 

 

皆が(特にお母さん)気を使わずに自分の想いを言える場を作るため

私から自分の想いを吐き出しました。

 

 

 

母の幸せ

これから目指す母の生活

見守る家族の生活

 

 

 

 

この半年、たくさん悩みました。

退院当初は外へ出たがる母キョロキョロの理想の生活。

お母さんがもっと楽に見守れる生活。

おじいちゃんが見守りしながら体も労われる生活。

そして私真顔がおかしくなってしまわない生活汗

 

母の幸せと

見守りの都合と

何をどれだけ優先するのか

どこに向かうべきなのか

さまよっていましたが

ここ最近、自分の中でやっと

理想の形が思い描けてきました。

 

 

 

とにかくもっと多くの人の力を借りて

お母さんが家で過ごせて、家族が楽である生活。

 

 

 

これ、当たり前のようなことなのですがあせる

実際これを自分は望めませんでした。

人に頼むこと=母が不憫な想いをする

 

その考えしかなかったからです。

自分達がやってあげることが、

母を守っているという感覚。

だから自分達が出来ることは全て自分達でやる。

どうしようもない、

出来ない部分は仕方がないので助けてもらう。

そういう硬く凝り固まった思考に、

自分は違和感ありませんでした。

 

 

その思考は、

彼女の

ひたむきな姿勢や想いを知る事をきっかけに

大きく変化し

これまで

周りの皆さんに

何度も何度も言われてきたことが

最近になって、

ようやく私の体に届きました。

やっと

本当の意味で体も心も理解出来たのです。

 

ありがとうハート

 

 

それと同時に

先日、ふいに見守りカメラを通して

自分ので確信した家族の笑顔

 

これで私の中で

一つの場所に辿り着いたような感覚船

になりました。

 

とても大きな節目となりました。

 

 

私は家族に伝えました。

 

 

 

『お母さん、人に任せようとして

事故させて

食べれなくなって

胃ろうにまでなって。

ほんまに色々あったけど

私は、今お母さんを皆で守れていると思う。

お母さんも笑って過ごせているから。

こうして家族のもとで生きてくれてるから。


それより、今見守る家族はどうやろう。

疲れた顔してる。

いっぱいいっぱいな日も多い。

コロナ、父の不安定な体調、

私の家族と母の見守りの両立・・・

いつ誰が見守り出来なくなってもおかしくないから

とにかく誰がどうなっても、

誰かが助けてくれる環境を

しっかり作っておくことが

お母さんにとっても安心で

長く皆が笑って過ごせることにつながるはず。

ここまでみんなで頑張ったから

もっと皆に手を貸してもらって、

もっと家族は楽しようよ。

自分の生活100出来なくても

それに近づける努力しよう。』

 

 

おじいちゃんは大きく

お母さんは小さく

頷きました。

 

 

 

にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ

にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ

にほんブログ村 介護ブログ 親の介護へ