母が意味性認知症と診断されるまで
私は認知症を分かっていませんでした。
母が介護士でしたので、言葉までは聞いてはいても
どんな病気なのか
何の病気なのか
何が大変なのか。
何にも。
あんなに何でも乗りこえるスーパーウーマンが
少しづつ出来ないことが増えていく病気だという事を。
そして母をいつもそばで見守ってきた家族として
そんな私のような人たちにもこの病気を知ってほしいです。
現在、この日本の介護サービスに多く支援いただき
毎日本当にありがたく
子育てに追われる41歳の私が、このありがたさを早くも実感することになろうとは
自分でも驚きですが
母が若年性認知症になった初期や中期、
家族が一番助けてほしい事を
直接的にカバー出来る制度はありません。
デイサービスは行きたがらないし
ある時間になれば出かけてしまうし
お店の物を持って帰ってきてしまうし
近所の迷惑にもなる。
歯医者の治療もダメ
整形外科のレントゲンもダメ
食事も無茶苦茶。
ゴミ箱の中身も出してしまう。
とにかく家族はこの対処法を知りたいのです。
もっといえば、この時に助けてくれる人がほしいのです。
そして『大丈夫、こんなもんよ』って笑って言ってくれる頼れる人がいてほしいのです。
究極は、どこに勝手に出かけてもいい世の中になってほしいのです。
家族はこれまで一生懸命生きてきた本人を支えてあげたい。
そう思っているのに
毎日自分だけで翻弄され
どこに行っても白い眼で見られていると
頭がどうにかなりそうで
本人から今までもらった多くの感謝の気持ちを忘れてしまいそうになるのです。
目の前で釜ごと白米を平らげている本人は
それが本人の世界の常識なだけで
何も悪い気持ちはありません。
そんな病気に侵され、全ての行動が病気で変化しただけの本人に辛くあたりたくない。
優しく促してやりたい。
出来るだけ見守ってやりたい。
そう思っている家族を支えられるのは
介護サービスだけでなく
世の中皆の温かい眼。
人生100年時代。
私もあなたも誰もがなりえる認知症。
だから
もっともっと世の中皆の普段の生活に『認知症の人』が組み込まれたら
きっと状況は大きく変わるはず。
隣の認知症の人を皆で見守る日常
それが、これから多くの方々の生きやすさにきっとつながると思います。

