振り返ってみると

半年前の母は

私たちの見守りの範囲を超えて、自由に生活し走る人

我が道を行く行動は、ある時、非社会的な行動となり

意味性認知症により意思疎通が難しく

前頭側頭葉変性症により抑制が効かなくなり

若年性認知症により脳はどんどん萎縮して衰えますが体はパワフル!!

 

とにかく困った行動に対しては、なかなか打つ手もなく

何をするにも本当に大変な時期でした。

 

 

あれからたった半年。

 

 

転落事故から歩行困難となり

刺激のない日々で母から出てくる言葉も激減。

一日中黒飴をガリガリしていた食生活は、胃ろうで栄養剤注入となり

いいのか悪いのか大きく変わりました

 

でも唯一変わらないことがあります

 

それは好きな音楽を聴くと、

心から安心心穏やか豊かな表情になることです。

 

 

最近は、無表情で人間らしさが乏しく感じる印象の母も

大好きな音楽を聴くと

青白いイメージの顔がオレンジ色におねがい

本当に母らしさが一気に戻ってくるのです。

 

そんな母は、私の携帯の着信音の音楽も大好きで

画面をタッチするだけで色んな着信音を聴ける手軽さから

母本人が自由に自分の好みの音を選んで聴けるので、よく一緒に聴くのですが

前から、ある着信音を選んで聴いていると

よく表情がおかしくなる事がありました。

その着信音はとても穏やかで優しい音楽。

 

その日もその着信音

母の表情はこわばり

その姿をじっと観察していると目

鼻をすすり・・・

涙が。

 

 

泣いているのです。

 

えっっ!!ポーンポーン

息を呑み

これには本当に目を疑いました。

 

以前の母はいい音楽を聴き、よく涙する人間でした。

涙する姿を見て、病気になる前の母が私の頭に蘇りました。

 

じーっと音楽を聴き、心が大きく動かされているような様子の母。

それをただ息を殺して見守る私。

たった2分程度の時間でした。

 

不思議な時間でした。

なんだか同じ体に二人の全く違う母がいるような感覚です。

 

 

今、母と過ごす時間の中で

病気以前の母の事をわざわざ思い出す時間はあまりありません。

目の前の母をもう母としてしっかり受け止めているからでしょうか。

 

そして見た目も様子も大きく変わってしまった今の母から

以前の母の面影を見つける事もそうそうありません。

 

でもこの時

当たり前なんですが

やはり今まで生きてきた母の時間はつながっていて

昔と変わらぬ母が、この目の前の母の魂の中心に存在しているんだと感じる時間でした。

 

 

自分の生きるを横に置いて介護をしている気持ちの

余裕のない自分は

つい今の母だけ切り取ってみてしまいがちですが

一生懸命生きてきた母を知るにしか出来ない母の支え方で

母のこれからに寄り添いたいと思います。

 

 

 

 

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