母が意味性認知症と診断された五年前からは
三か月に一度のペースで一緒に診断された総合病院に通っていました。
あの頃は、
まだ病気を本当の意味で受け入れられておらず
今、仕事もバリバリ出来てる母が
今後、喋れなくなり、何も出来なくなるなんて本当なの?
と信じられない日々。
母と会う日は
出来るだけ楽しい時間にしたいと
子供も連れて旅行の計画をしたり
日帰り温泉に行ったり
とにかく病気の事を少しでも忘れられるよう試みる日々でしたが
通院の日は
私もどうしても心が暗く、悲しみで埋め尽くされてしまう時間でした。
暗い気持ちを母に悟られないよう過ごす時間。
ある通院の日、
診察と言語リハビリの間の時間に
院内の食事処で昼食を取ろうと母とお店に入りました。
案内された二人テーブルに腰をかけると
隣の二人テーブルには向かい合わせに食事を取る病衣の女性が二人。
お二人ともが病衣でしたので少し気になりました。
おひとりは40代くらいでしょうか?
体に障害をお持ちの様子でした。
もう一人は70代くらい?
点滴のようなものをぶらさげた状態でした。
隣との距離がとても近かったので
自然と会話も耳に入ってくる状態で、このお二人が親子である事がわかりました。
私は言葉が分からなくなっている母に
メニューを見せて
母のメニュー選びを手伝い
私 『お母さん、
うどんがいいかな?(ジェスチャーで麺をすすりながら写真を見せる)』
母 『なにこれ?わからんわ。おいしくなさそう
』
と失礼な言葉を発する母に焦り、ふと周りに目をやると
私たちのやり取りを、優しく見ていたお隣の病衣のお母さま。
そして自分の食事を終えられ、
娘さんの食事する姿をじっと見守っておられました。
私は、母がうまく食事できるか気にしながら
お隣のお母さまの気持ちを考えていました。
私にも子供がいます。
母が病気を患ってしまった事が歯がゆく、悲しく、
どうにも行き場のない気持ちを持つ私ですが
母はきっと私より先に逝きます。
だから私は母の最期を母らしく進めるよう手伝いたいと思います。
きっと最後を見守ってあげられます。
でも世の中には、
病気を患う子供を心配しながら先に逝かなければならない親御さんもいます。
『親の介護』
どんな最後でも見守れるだけでも、幸せなのかもしれないな。。。
そんなことを思いました。
娘の作ってくれたパンケーキ

