母が帰ってきて、再び在宅介護が始まりました。
一緒に居られることが当たり前ではなくなった経験は
一緒に過ごせることは特別な事なんだと感じさせてくれます。
1週間目は・・・始終ベットで穏やかに過ごす
→病院の情報と違い拍子抜けしました。
2週間目は・・・床に足を置き、ベットに腰をかけて
柵を持ち、なんとか立ってやろうという様子![]()
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→一人で立つと転倒リスクがあるので、そばで見守り必須。離れられなくなりました。リスク軽減するため、ベットを一番低くし、柵を外しておくことに。
3週間目・・・ベットを一番低くしていても、柵を外していても、目を離すと立っています![]()
そして、とうとう歩きました![]()
ゆっくりと。。。
いつも母を知りたい私は母を泳がせます。
もちろん、いつ転倒してもいいようにそばで見守りながら確認しました。
私の緊張が限界で、三歩目で止めて、座ってもらいましたが
かなりふらふらと不安定ながらも
母は歩きました。
やったーーーーー
なんて思いません。
思えません。
認知症の進行で失った物は、そうそう戻ってはこない。
そんな認知症の母が出来なかったことが出来るように!!
本来なら大喜びすべき事かもしれません。
ですがこの事実に
私は息を飲みました。
母が歩けてしまうと
もう家で家族が見守り出来ません。
一緒には過ごせないんです。
同じ病気でも色んな様子の方がいらっしゃるようですが
母は、自分の想いが止められません。
例えば、入所決断時の頃、
母は、止まっている『この車に乗ろう』と思ったら、その車が発進して動いていても
ドアを開けようとしました。
私は、母を守ろうと、母の体を全力で止めましたが
思い切り振りほどかれて
二人で転び、大怪我をしました。
意思疎通が出来ないだけでなく
我が道を行く行動は、なかなか止められません。
自由に歩ける母を閉じ込められません。
だからと言って一人で外出させるわけにはいきません。
そして母の外出欲にいつもいつでも同行し付き合うのは不可能です。
自由に歩けるようになったら
母が自由になれない対策をしなければいけません。
そして母は自由を失います。
母の幸せは何なんだろう。
ずっとこればかり考えてしまいます。

