母の万引き行為事件があってから

 

・日中独居の時間を減らすこと。

・買い物に誰か一緒に同行すること。

 

この大きな課題に頭を悩ませた私たちは、

 

買い物に常に誰かが同行するルーティンを作る作戦に出ました。

 

そこで精神障害サービスのガイドヘルプ(移動支援)というサービスを知り

私たちの描くルーティンが叶えられるサービスなのか、

とにかく障害者支援センターに問い合わせ、早速来ていただくことに。

 

障害者支援センターの方(障)      『こんにちは~ニコニコ

 

来てくださった方は、長身でスマートな40代後半くらいの優しい女性。音譜

 

私のしたい事、想い、全て話を聞いて下さり

 

障    『なるほどぉー、びっくり若いのに。。。。頑張りすぎてない??』

 

この頃、歯を食いしばって走っていた私には、優しい言葉がすぐ心に染みて

すぐ涙腺崩壊です。笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

障   『じゃあ、やってみましょうウインク!!何事も!まず事業者さん呼んで作戦立てましょう。』

 

 

母がいつも買い物に出る時間帯は朝10時半くらいから1時間程度。

その時間に来れるガイドヘルパーさんを持ち、

尚且つ介護のヘルパーさん(夕方に家事援助として来てもらう)も持つ事業所、2社に決め

それぞれの責任者さん、支援センターの方と私、

4人で改めて、作戦会議をしました。

 

 

事業所Aさん 『お母さん、一緒に隣歩くの怒るんちゃいます??』

 

 

私       『はい。。。ちょっと後ろを歩くのはどうでしょう??』

 

 

Aさん     『信号とかは大丈夫なんですか?』

 

 

 

私       『基本は大丈夫なんですけど、危ない時もありました。

         それに、いつまで大丈夫なのかは分からないですよね。。。』

 

 

 

事業所Bさん 『もし商品を鞄に入れそうになったら、どんな対処の仕方を希望されてます?』

 

 

私       『これは、ここに入れたらあかんよーとか言ってもらって、

         籠に入れなおしてやってもらえたら助かります。

         乱暴な感じでいくとただただ嫌がるかなぁと思うんです。

         出来れば優しい感じで、接してもらって

         母が「この人、私を助ける人なんや」って認識させたいんですけど。。。。』

 

 

障       『お母さんのよく行くお店にこの事情を説明に行きませんか?

         ご家族だけでなくあんしんすこやかセンターの専門員派遣してもらって、

        一緒に行けば、あちらの聞く耳も態度も違いますよ、きっと。』

 

 

 

私       『そうですかねぇ。。。スーパーでの対応を知ってから、

         それについては後ろ向きなんです。。。ショボーンショボーン

 

 

障       『嫌な想いしたもんねぇ、、、でもその行動はこの町の未来の為でもありますよ』

 

 

私       『そうなんですね。。。ショボーン

 

 

障      『もっと住み良い街にするために!!病気の人が悪いわけでないんだから!ウインク

 

 

 

一般的な移動支援と全く違うスタイルで、どちらの事業所さんも

少々困惑気味な始まりでしたが

『これがうまくいったら、何か変わるね!!』と皆さん、

私のわがままな要望を受け入れていただきました。

 

こちらの気持ちが届く、温かい事業所さんとの出会いに感謝し

知らぬ間に閉じこもりがちになっていた自分の介護姿勢にも気づかされ

なんとも実りある時間ラブラブとなりました。

 

この計画にあたって同居する妹は、有給をすべて使い、私たちは本気で挑みました筋肉

姉妹で毎日ヘルパーさんに同行し

母のルーティンを目指しました。

 

そんな皆さんの想いを知らないは・・・

 

10時半に現れたヘルパーさんに

 

 

母      『なになん!?プンプン

        『誰??プンプンプンプン

        『嫌やわ!!プンプンプンプンプンプン

      

嫌がる母にあの手この手で日々挑戦!!

 

 

私と母のうしろの方で

尾行のように。。。ランニングランニング        ランニングアセアセ

 

それが駄目なら、

朝の登場無しで

黒子のように。。。早歩きの母を追いかける。。。ランニングランニング      あし

 

それも駄目なら、もう仲良くしちゃいましょうえー口笛

 

ヘルパーさん   『○○さ~ん(母)、ここ私もよく通るんですよ~』口笛口笛

 

母          『えーえーえー

 

 

かと思えば私とヘルパーさんが仲良く歩き、照れ口笛      えー

母を巻き込む形は??

 

別れ際にヘルパーさんからお母さんの大好物の黒飴ラブラブとカルピスキラキラ渡してもらおう!

なんて子供だましも含めてやりました。

笑っちゃうようなあれもこれもニヤニヤ

色んな方法で、1番マシなのを探そうウインク

あとは、慣れるまで繰り返そう。ウインクウインク

なんとか妹がたくさん休めるうちに

 

お母さん、早く慣れてくれーーーーーーーーお願いお願いお願いお願いお願い

 

 

滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗

 

この頃、同時に夕方に掃除に来ていただくヘルパーさんも始めたので(見守りの為)

毎日来る何者か理解できない人達に母の怒りは増すばかりプンプン

 

 

結局約1か月で断念。。。ゲッソリゲッソリゲッソリ

 

はぁ。。。たくさんの大人を動かし、結局駄目でした。

 

なんとなーーーく分かっていましたが

実際やってみないと納得いかない私たち。

だからいつもおかしなことになってしまうんですよねチーン

 

障害者支援センターの方の提案

「この街の未来の為に、お店の方に事情を説明に行く」

この提案、私が障害者支援センターの方だったら

きっと同じ事を言うだろういい提案なのですが

この時、私たち姉妹は

お店の責任者さんや店長さんには、たとえ理解いただけたとしても

従業員さんの中には、母を手荒に扱う方もいるだろうし

母が認知症だと街の人が知ってくれて、それを悪用されたりしないか、など

考え出すと前に進めず

私は、街の為に声をあげる事が出来ませんでした笑い泣き

やってみたらどうなってたのかなぁ。。。

 

こういう閉鎖的な介護をしていたから、認知度も上がらないのですよね。(反省あせる)

でも、外に出ていく事、オープンで前向きな介護は簡単な事ではなかったです。

少なくとも、これからは、

前よりは、外へ出ていき自分から発信するよう努力してみようと思います。