2016年冬...
心配で心配で
何かおかしい。
私 〝多分何もないやろうけど、何もないならそれで安心やん
〟
心配性で定期的に胃カメラや検診と病院に通っていた母も
その言葉に納得し受診することに。
当時もうすぐ1歳の息子と3歳の娘を持つ私に
母の付き添いは、難しく、妹に付き添いをお願いし、
母のかかりつけの病院で検査をすることに。
検査の結果
脳の萎縮がみられる
ということで
大きな病院で検査した方がいいと紹介状を渡され
総合病院へ。
今度はなんとか私が付き添い
頭の検査など、幾つか検査した後
診察室で先生から言われた言葉は
お母さんの病気は、〝原発性進行性失語症〟
〝意味性認知症〟です。
〝何年かかけて徐々に進み、アルツハイマーとは違い
言葉の意味や物の名前そのものの記憶が抜け落ちていく病気です。
本人はまぁまぁ分かってる気でも、少しづつわからなくなります。
そして個人差はありますが6年後には、何も喋れなくなります。〟
私は言われる言葉をそのままメモするのが精一杯で
何を言われているのか全く理解出来るわけもなく
そのあと続く
〝母の脳内で起こってる事〟
〝母との接し方のアドバイス〟
どんどん進む説明をただただ書き上げるだけの時間でした。
書きながら、すごく息が詰まるような感覚だったのを覚えています。
母も母なりにメモしてたようですが
不安そうに先生の説明を遮って
母〝私、認知症になるんですか??〟
そう何度も確認していました。
この日から
母にとって一番辛い日々が始まりました。
母 〝もう最悪。。。認知症やん〟〝死にたいわ、最悪。。。〟
先生の〝アルツハイマーではない〟の説明を
〝認知症ではない。失語症だ〟と、この日は勘違いしてしまった私は
帰り道、落ち込む母に
私〝認知症じゃないって。失語症!大丈夫、私たちがおるよ
〟
そう励ましていた私。
励ませていると思っていた自分が今本当に悔しく
腹立だしいです。
先生の淡々と進むだけの病状説明。
これも変えたい。
もっと家族に寄り添った確かな分かりやすい情報を与える努力もしてほしい。
先生が忙しいなら、看護師さんからでも。
国の指定難病。
治らない。
だからこそ、もっと寄り添う何か、誰かを教えてほしい。
一番辛い病気の本人を支えてあげられるのは家族なのだから。
何の知識もない私たち姉妹は
この病気をネットで調べては、詳しそうな機関に連絡を取り
少しでも沢山の情報を集め、
同時に誤診であってほしいと願い
専門医のいる他府県の病院でもう一度みてもらうべきか
もし誤診でないのなら、何とかして治らないものか
薬はないというのは、本当なのか。
前の見えない状況から抜け出したい!!
そんな日々でした。
お母さん、きっとこの時期一番支えてほしかったよね。
私たちに。
もっと、もっと。もっと。
もっと早くこの病気を理解してあげられていたら。
まだまだ働き盛りの頼れる母の現状を理解するのには
長い月日を要することになりました。。。
