誰かの為に今まで生きる事が当たり前になっていた恋愛依存者。それを克服できた時どんな変化があるかについてです。
恋愛依存を克服すると自分のために生きる力が沸いてきます。自分のためだけに何かをするという生き方が当たり前というループに入り、それが普通の生き方になります。
女性なら誰かのためにメイクをするのではなく、自分自身がどんなメイクが似合うのか?とか憧れの人を目標にしてみたりと、メイクひとつの事であれこれ考えて幸せを感じる様になります。
洋服選びも自分に似合うもの、自分が着たいものを選択できます。
自分が今食べたいものを躊躇なく手に入れる思考が身につきます。お腹が空いたらコンビニに行く、友達とイタリアンに行く事、食べたいランチを検索して1人で行く食べたいものを自分のために作る等、選択権が自分にあった事を思い出します。
自分のために何かをする事にトキメキを感じます。
時間を自分に使うという素晴らを思い出します。
もしくは今まで生まれてからそんな時間の使い方を知らなかった人は生きると言う事がこういう事だったのかと
喜びを感じるかもしれません。
買いたいもの、見たいもの、やりたい事の選択権は自分にあるのです。
そんな当たり前の事を恋愛依存中はすっかり忘れてしまって相手に合わせる事が当たり前になっています。
自分自身が恋愛依存である事に気づき何かを変えなければいけないと思った時、自分を見つめ直すという作業が待っています。
恋愛依存状態の時は相手中心に物事を考えて、相手が喜ぶメイク、洋服を買う、食べたいものも相手に合わせる…
自分の人生が他人軸で動いてしまっていたのです。
相手からの強い束縛があると常に相手の顔色を見て相手に合わせて褒めてもらったり喜んでもらうとそれが嬉しくてもっともっと合わせてしまう。
そのうち、合わせる事が当たり前になって相手に嫌われない様に顔色をうかがいながら自分の大切な時間を全力で相手に捧げてしまいます。
でも恋愛依存中はそれが心地よくて相手が喜んでくれると嬉しいのです。
相手に合わせる事が当たり前で恋愛をするとほぼ全員が
「他のみんなも恋愛をするとそうなってるじゃないの!?」
と思ってしまいます。
そんな友達の上部だけを見て一生懸命自分と同じだと思い込もうとしていたのかもしれません。
長続きしている恋愛と辛い恋愛の違いはあります。
恋愛依存から抜け出すには、まず自分の恋愛がいつも同じパターンであったり辛くなってしまう事を認めてしまう事です。そこに気づいた時が自分軸で行きていけるためのスタートラインです。
きっと私が書いた事は当たり前の事ばかりだったと思います。ですが、今まで人に合わせて生きてきた方は誰かの顔色を見ながら相手のご機嫌をとる事が当たり前になり、それが嫌だと思いながらもその環境に落ち着きを感じているのかもしれません。