どんな環境でも1から


48歳でシンガポールに移住なんて私はワクワクしかないけど、しんどい人が大半だと思います。


言葉も環境も感覚も全てが違う。

でもそれをどうプラスにしていくか?


私はまだまだ若い時に私の出せるお金150万円と母からも半分出してもらい、300万で会社を始めました。


全く知らない美容業界で、どうやってこの素晴らしい商品に目を向けてもらえるか

商品にスポットライトを当てることに注力を注ぎました。


ディーラーさんとエステ店を周った時も、相手にされないことが多かったので、なぜ人は太るのか?日本人は太りやすい。ならば痩せるメカニズムを手に入れたら良いという新聞を分かりやすく徹夜で作りました。


断られた先生にもそれだけ読んでくださいと手渡しして帰る。


そしたら必ず凄いと褒めてもらって電話をかけてきてくれるんです。

当時は商品のことではなく、体について書いてるようなディーラーはほとんどなくてチャンスだと思いました。


5000円のホテルで全国を周り、したこともないアメブロを始め、最初の方は五人の講習会もありました。

とても素敵な講習会でしたけどね^ - ^


一生懸命にやってると人は必ず助けてくれる。


目先のブランディングではなく、将来の価値


有名になるとネットで安売りされることが多くて、何度もネット業者とやり合いました。

「取引先のディーラーがわかるような証拠を見つけてこい」と言われた私は、容器の面にブラックライトでしか分からない蛍光灯の暗号をいれ、犯人を追求できるようにしたら、今度はそこが削られて売られていた。

腹が立ってディーラーにも協力してもらい、絶対にわかる方法をあみだした。

血の気も多かったからかブランドを守ることに必死でしていました。


懐かしい思い出です。


全くの無名ブランドでありながら、問屋みたいなとこにも3日間立ったこともあったし、百貨店の催しにも参加した事がありました。

化粧品で凄い売上を作って、凄い褒めてもらえました💖


ビューティーワールドもハッピー商事さんが初めて出展した時にも、中田さんが驚くほど、人を通せんぼしてブースに無理やり感も多少ありながらつれてきてデモンストレーションをして必死で営業しました。


社長がブース代を気にされていたから、それ以上に絶対に稼ぐという強い気持ちが私を奮い立たせました。


グラミー賞の出展も、スポーツ選手のコラボも、商品ができたらキックオフパーティーでお客様をもてなすも、施術の重要性も本物を浸透させることも、誰の真似でもなく自分発信のアイデアでしてきたし、広げるために誰よりも努力をしてきました。


そして初めて人が認めてくれて、ついてきてくれるようになりました。


同時に色々なマイナスの事もあり、今までの功績は全くかき消されるような出来事や言葉を浴びせられたとしても私はやっぱり大丈夫だと思えるようになります。


そういう運命でまた違う運命に出会うだろう。


無名な人間が無名な高価格の商品のコーディネートを作り上げたことに比べたら、海外生活はなんのその^ - ^

わたしにとって一番大切なの販売ではなく、自分と商品が仲良く出来ているか?何年もこれからどうしようかと語りあえるか?

夫婦と一緒


この商品を売ってくださいと言われる時もあるのですが、何でもかんでも売れるわけではない。自分とその商品は仲良くできるかが大切。


シンガポールでもブランド展開をきちんとしていけると信じています。


世界は広い!

自分のアイデアと商品との相性が凄ければどんな事も乗り越えていける。

そして日本と同様にシンガポールは活気に溢れてる。


半年以上たって、ようやくシンガポール人のプロフェッショナルの方々や心強い投資家の方々と知り合うことができ、あとはもう少しシンガポールをよく知りスタートをきりたいと思っています。



それにしてもここは最高だ💖


自然が人の心を癒し、動物も植物も幸せそうだ^ - ^