ここ最近、鍛冶屋ネタばかり続いてますので、ちょっと回顧録などを。
一昨年の4月から始めた実家のセルフリフォームの様子を改めて書いておこうかと思います。
これで3回目の部分リフォーム。
新築時の大工が、なんていうんだろ、格好だけ・・・とでもいえばいいのか。
まあ、昭和30年代、40年代に建てられた木造建築って、ホントにロクなものがないので。
ちゃんと手間をかけてる家のほうが珍しいくらいの時代に建てられたものだから、余計に傷むのだけど。
床を貼るにしても、捨て貼りをせず、そのまま合板フローリング貼ってたり。
根太や垂木がイヤに細いと思ったら、近所の造船所に納入される船のエンジンなどの木枠梱包に使われていた角材だったり。
寸法を間違えているのか、土台と桁のホゾ穴の位置が違うために柱が斜めに入っていたり。
これについては新築時にどこかの解体材を転用した可能性もあるけどね。
まぁ、そんなひどい物件だけど、両親が頑張って30年のローンを払い終えた訳だけど。
それをほとんど一人で改修をしてる・・・という訳です。
一応、一昨年からやっていたリノベーションも、ほぼ終わり、今、少し時間ができている訳ですが。
今回は特に酷かったな・・・。
モルタル、木材の分別。
幸い、石膏ボードはさほど使われていなかったけど。
壁土は処分費と新たに材料を購入する費用を削減するために、総て保管。
ストローベイル工法を採用する事にしました。
押し入れだった部分をぶち抜いて、新たに勝手口を作る段取り。
その押し入れの隅に使われていた柱。
米ツガの芯去り材。しかも柱の真ん中で流れ節になってる。
半分、断面欠損の状態のものを一番大事な隅の柱に使うなんて・・・。呆れる。
土台もご覧の通り。アピトンの土台だったようですが、土に返ってましたね。
この当時、風呂やトイレの土間を仕上げる際、土台の上端まで土を入れていたのが一番大きな腐朽の原因。
そりゃ土の中にどれだけ微生物がいるか・・・。湿気も逃げる事はないし。分解されて当然。
昭和の匂いプンプンする旧トイレの壁。
うちのクソ親父が酔っ払って、便器の外に小便をする事が多々あって。
それを洗うために、余計に水が切れる事がなくなる訳ですよ。
解体をしながら、単管と角材を利用してジャッキアップの準備。
油圧ジャッキで桁を浮かせながら、この仮支持で屋根を支えて。
柱の根元が腐っていて、宙に浮いてた箇所もありましたからね。
倒壊防止のために仮支持をしていた訳です。
手前の足場とは独立したものになってます。
下屋の部分だけだったから、まだジャッキアップできたんだけど。
これで通し柱の母屋とか、どうなっていた事か・・・。
単管よりは厚みのある鋼管で仮支持を作らないと、たぶんジャッキアップできなかっただろうね。
柱の交換はできなかっただろうから、根継ぎになるだろうね。
単管を使うのは、油圧ジャッキで持ち上げるのに連動して、スクリュージャッキで上げられる事が最大の利点。
もちろんサポートパイプがあれば、そっちを使ったほうが安全だと思う。
うちにも何本かはあるけど、あれは重いからな。数を管理するのは大変。
まぁ、今は鉄の加工もできるようになったので、それらのジャッキアップの仕組みも自分で作り出す事もできるけれど・・・。
家曳きの仕事だよな。
足場も一人で組んで、解体もほとんど一人でやって・・・。
これのおかげで、ホントに寿命が縮まったかもしれない。







