
<UL>“<B>73年生まれ。インベーダーが日本中を侵略した頃、小学生だった筆者の目に映ったビデオゲームは間違いなく「未来へのパスポート」だった。その魅力に取り憑かれ、気づけば不惑の40代となったオッサンが、ビデオゲームと共に過ごした30年を語る連載。前回の記事は<U>こちら</U>。</B>”</UL>
<STRONG>ファミコン円熟期と次世代機たち</STRONG>
1990年、すっかりバンドブームの熱狂に巻き込まれていた私は、それまで、自宅、学校、ゲーセン、ファミコンショップだった行動範囲に、楽器屋兼バンドの練習スタジオが入り、ゲームをする時間は激減していた。この時代のゲームシーンと言えば、円熟期となっていたファミコンでは2月に『ドラゴンクエストIV』、春には『女神転生II』や『ファイナルファンタジーIII』と、名作RPGのナンバリングタイトルが続々とリリースされる。一方、ポストファミコンを狙い投入されたPCエンジンやメガドライブには、アーケードゲームの興奮がそのまま家庭用に! と言って過言ではないファミコンからの進化を見せるも私の周囲では、ゲームセンターに入り浸るようなゲーム好きしか見向きをしない状態だった。
私のゲームライフといえば、メガドライブのRPG『ファンタシースターIII』が期待を裏切る出来であったことをきっかけに、メガドライブへの興味が薄れゲーム好きの友人が所有していたPCエンジンと本体ソフトまるごと交換する。今まであまりプレイしていなかったPCエンジンで『妖怪道中記』『源平討魔伝』『スプラッターハウス』『R-TYPE』『サイドアーム』『ダライアスプラス』『スペースハリアー』『ファンタジーゾーン』などの、80年代ゲームセンターで出会い、新作に追いやられて姿を消していった名作たちを楽しんでいた。
<STRONG>ビデオゲームと私の関係</STRONG>
ビデオゲームと私の間にすきま風が吹く中、バンド活動は順調だった。当時中高生に人気だった「JUN SKY WALKER(S)」のコピーバンドを結成し、本家のライブビデオを研究し演出等もコピーして完成度の高いライブパフォーマンスを行うことで、中高生で形成されていた地元バンドシーンで頭角を現し、ちょっとした人気者となった。…