何か行動に移す時、脳で命令して身体が動きます。だから、頭で考える事ってとても重要です。けれど、頭で考えたことが間違っていたら?判断基準がおかしかったら?
そもそも何を基準にして行動を決めているのでしょうか?
私はこう思うのです。
頭って、心と身体=私と外の世界(社会)をつなぐためのツール(仲介役)だと。
生き物として、私(心と身体)が望んでいることって、社会から要求されることと違いますよね。気分がいいから学校に行かないで遊びに行っちゃうなってことはできませんし、風邪くらいでは仕事は休めません。私が心と体の思いのままに生きていくことは現実無理なわけです。そこで、頭が間に入って、自分と外の世界との関係を取り持ってくれるわけです。
で、ここで問題!
多々、頭は私(心と身体)より外の世界の言い分を多く聞いてしまうってこと。外の世界から求められている存在になるために、社会からの評価を得ることを基準に行動を決めてしまうのです。その為には、心と身体に不都合でも、耳をふさいでしまいます。
最初の頃は、心も体も一生懸命主張しますが、頭が外の世界にばかり耳を傾けて心と体を無視し続けると、心も体はだんだんものを言わなくなっていきます。そして弱っていきます。こうして心と体は病気になります。頭は病気になって初めて慌てて心と体の言葉に耳を傾けるのです。
それでも気が付くのが早ければ、何とか信頼と取り戻せるかもしれませんが、それすらも放置していると、病気がどんどん悪化して自分が何を望んでいるのか全く分からなくなってしまいます(なんかひきこもり親子や熟年離婚の夫婦の関係に似ています)。そうなると、ますます社会が望む人格を目指し、医者に言われた病気を押し付けられてしまいます。
ではどうしたらいいか?
思い出してみましょう。頭はどこに所属しているでしょうか?
自分です。
あくまでも自分を社会で活かすために働いているのです。けっして、社会の望む人になるために、自分の心と体をコントロールするために働いているわけではないという事です。
(筆:ましのまりこ)
だから「心と体で感じる」ということを大切なのだと思うのです。自分にとって何が大切か?自分に何が足りないか?自分の望んでいることはなにか?
なんて考えるのは自分を感じられてからの話。まずは、自分の心と体の声に耳を傾けて「感じる」。良いとか悪いとかの評価はしないで、兎に角、自分の身体を感じる。全てはそれからだと思います。