秋。夜は、甘く、長い。でも心地よい恋が、数日しか、続かない。(仮)
<プロローグ>
彼と一緒にいられた時間は、すごくわずかな時間だった。
それは、私が失いかけた潤いを満たすのにちょうど良い時間。
その心地の良い時間。私が、満ちるための時間。
わずか三日月が、満ちるまでの時間。
いつも一人でいるような気持ちだった。
いつでも一人にさせられているような気がした。
でも、彼は、優しく、秋の長く、深い、夜のなかで、私を見つめてくれていた。
ちょうどよい距離で、見つめられていれば、私は、一人だけど、一人ではないのだ。
秋が、私たちに、与えてくれる心地よさの距離感。
そんな人だった。
「月の黒い部分は、寂しさなんだよ。昔、CMであったでしょ。頭痛薬のCMでさ、優しさの半分出てきてるってヤツ。あれ、月は、寂しさなんだよ。」
テラスがキレイなレストランだった。私は、同僚達に、昇進を祝われていた。
みんなが少しずつ、酔いはじめ、私への褒め言葉が、会社への愚痴、上司の悪口、同僚の趣味の悪さについての話に変わっていったくらいの時間。
私は、そんなのに嫌気がさして化粧室に向かうと、
テラスの奥にあるバーカウンターで、
彼は、携帯電話に向かい、
そびえ立つビルの右側に輝く三日月を見ながら、そんな話をしていた。
秋が似合う男は、線が細く、髪が少し長い。
彼は、まさに、そんな男だった。
写真ソースmoonshiny

テラスのディナーが終わると、
私たち、酔っぱらいご一行様は、二つ上の階のバーにいた。
ご一行は、女性だけになり、人数もいつもの4人になっていた。
日本には、こんなにも外国人がいるのかと、ため息が出るくらい異国なバー。
シガーの匂いが鼻につく。
暗さと眩さが交互に入り交じり、視界を狭くする。
酔いを連れた女というのは、ある種の無防備を兼ね備えている。
イタリア人風の男が、これ見よがしに、片目をつぶる。
口が上に釣り上がる蛍光ライトのような笑顔の金髪男。
世界のダイバーシティとか、グローバルとかの坩堝。
日本人も光るピンストのスーツを着て、外国人のようにジェスチャーをしている。
私は、こないだまで、そんな男と付き合っていた。
この世界が好きだった。いや、きっと今でも好きなのだろう。
彼は忙しさの中に、全てが入っている男だった。
仕事、ショッピング、パーティ、会食、女性。
彼にとっては全て忙しさ。
私も、同じ。
外国人のような男と付き合う私は、
バリバリと仕事をし、
ひとつクラスの下の男を罵倒し、
同じように色々な場所に出向き、
様々な男性にハグをされ、
挨拶のキスを交わし、
「キレイだね。」と社交される。
時には、エキゾチックな雰囲気を演じる。
たまに口説かれるように、他の男に目を見つめられ、
それを、笑顔で、すり抜けて、私も少し片目をつぶる。
でも、たまに、キスを、なげたりしてみる。
光る泡を注がれる薄く長いグラス。
揺れる水晶の光。
職場のビルと同じように背を伸ばしている高層マンション。
毎日、ちがう靴。
誰彼に、貰ったアクセサリー。
季節ごとのリップスティック。
エアリーに巻かれた優雅なブローした髪型。
彼は、デュポンのライターのような男。
私は、エルメスのスカーフのような女。
「お待たせしました。」
私たちのテーブルに、カクテルが届いた。
女性同士になると、もちろん、男性の話をしはじめる。
たいてい、いつも酔いが先に回る同僚のカナが口火を切る。
(また、あの映画会社の男の話か・・・)と思い、
私が、ティフィンフィズに口を付ける瞬間。
「僕が、コイントスで負けてしまったんだ。」
その声が、私の、耳の後ろで、聞こえた。
テラスにいた秋のような男。
それは、彼のバイオリンのような特徴的な声。
それに、すぐに気づいた。

その瞬間、私には、防御本能といえる拒否感が働いた。
声の響きが、ゆらぎが、私の感情を、一瞬、波立たせたのだ。
波紋が、心を、何回か揺さぶろうとした瞬間、
無抵抗に開きかけた心のドアを、咄嗟に出した右手で、閉めようとした。
「何の用ですか?そういうのは、向こうでやってくれる?」
心が反応するよりも早く、唇が動いた。
いつも冷静なヒロコが、
「コイントスで決めるくらいしか、女性のところに来れないの?ボクは。」と言う。
「ぷっ!」
カナが笑った。
私たちは、少し気むずかしい立場。
いわゆる「れっきとした大人の女」は、
ファーストインプレッションで、男に強く出た方が良い。
馬鹿な男を煙に巻くナンパ対応策の常套手段だ。
ここで怯むような男には、用はない。
「バカバカしい夜は、馬鹿な女の子を相手にするくらいがちょうど良いんだけど、お姉様方は、少し敷居が高いみたいだ。出直しますよ。」
リナが口を挟む。
「なに~。お姉様方って、年増みたい。いくつに見えるのよ!」
相手の方が一枚上手だった。
彼の影が、私たちが築いていた高らかな女の壁を、ゆっくり、音を立てずに、崩していく。
簡単なモノだ。
私たちはエルメスのスカーフを纏っていても、結び目は静かに解かれる。
高級だからこその柔らかな生地は、肌に何の抵抗も見せずに、くびもとを露わにするのだ。
彼が片目をつぶる。その余裕に満ちた表情で、女性達は、完全に、ペースに飲み込まれる。
「こんなところで、女性だけで飲んでいる人たちは、そりゃぁ、敷居が高いし、キレイに見えるって事ですよ。大人であるということと、年齢が高いってことは、イコールじゃない。むしろ、若くて大人の方が、よっぽど魅力的だ。ボクちゃんは、実際は32歳だけど、あなた方のようにキレイな人には、テーンエイジャーに見えるでしょう。」
32歳、私よりも、3つ上だ。ひよっこの若手に見える表情なのに、40歳のような言葉を使い落ち着きを払っている。
こういう年齢不詳な男は、キケン度が高い。
でも何故か、その声の響きが、聴覚を狂わし、温かい液体が耳元をくすぐるように、浸透してくる。
「それで、ボクちゃんが、私たち、若くて敷居の高そうな女の子に、甘いチョコレートのようなカクテルでも奢ってくれるかな?」
カナが答える。
「向こうで、僕たちは4人で飲んでいる。良かったら。ムリせず。」
バーカウンターより奥にあるソファの席に、
アメリカ人のような日本人が三人いる。
「一杯くらいなら付き合うわ。」
カナが答えた。
ヒロコは、眉をひそめ、少しめんどくさそうな表情をしたが、まんざらでもなさそうだ。
リナは、向こうの方に見える男を一瞥すると、少しだけ表情が明るくなった。
「エイタくんみたいなぁ、スカしたこの男より、向こうの男の方が包容力ありそう。」
私に軽く耳打ちをする。
私の心の必死な抵抗なんて、女性の“その気”ですぐに引っ張られていく。
もはや目の前の男にも、周りの女友達にも、両方に、手を引かれていく。
時計は23時を指していた。
私は、24時に照準を合わせて、自分という品格を据えたソファーからふわっと離れた。
彼と一緒にいられた時間は、すごくわずかな時間だった。
それは、私が失いかけた潤いを満たすのにちょうど良い時間。
その心地の良い時間。私が、満ちるための時間。
わずか三日月が、満ちるまでの時間。
いつも一人でいるような気持ちだった。
いつでも一人にさせられているような気がした。
でも、彼は、優しく、秋の長く、深い、夜のなかで、私を見つめてくれていた。
ちょうどよい距離で、見つめられていれば、私は、一人だけど、一人ではないのだ。
秋が、私たちに、与えてくれる心地よさの距離感。
そんな人だった。
「月の黒い部分は、寂しさなんだよ。昔、CMであったでしょ。頭痛薬のCMでさ、優しさの半分出てきてるってヤツ。あれ、月は、寂しさなんだよ。」
テラスがキレイなレストランだった。私は、同僚達に、昇進を祝われていた。
みんなが少しずつ、酔いはじめ、私への褒め言葉が、会社への愚痴、上司の悪口、同僚の趣味の悪さについての話に変わっていったくらいの時間。
私は、そんなのに嫌気がさして化粧室に向かうと、
テラスの奥にあるバーカウンターで、
彼は、携帯電話に向かい、
そびえ立つビルの右側に輝く三日月を見ながら、そんな話をしていた。
秋が似合う男は、線が細く、髪が少し長い。
彼は、まさに、そんな男だった。
写真ソースmoonshiny

テラスのディナーが終わると、
私たち、酔っぱらいご一行様は、二つ上の階のバーにいた。
ご一行は、女性だけになり、人数もいつもの4人になっていた。
日本には、こんなにも外国人がいるのかと、ため息が出るくらい異国なバー。
シガーの匂いが鼻につく。
暗さと眩さが交互に入り交じり、視界を狭くする。
酔いを連れた女というのは、ある種の無防備を兼ね備えている。
イタリア人風の男が、これ見よがしに、片目をつぶる。
口が上に釣り上がる蛍光ライトのような笑顔の金髪男。
世界のダイバーシティとか、グローバルとかの坩堝。
日本人も光るピンストのスーツを着て、外国人のようにジェスチャーをしている。
私は、こないだまで、そんな男と付き合っていた。
この世界が好きだった。いや、きっと今でも好きなのだろう。
彼は忙しさの中に、全てが入っている男だった。
仕事、ショッピング、パーティ、会食、女性。
彼にとっては全て忙しさ。
私も、同じ。
外国人のような男と付き合う私は、
バリバリと仕事をし、
ひとつクラスの下の男を罵倒し、
同じように色々な場所に出向き、
様々な男性にハグをされ、
挨拶のキスを交わし、
「キレイだね。」と社交される。
時には、エキゾチックな雰囲気を演じる。
たまに口説かれるように、他の男に目を見つめられ、
それを、笑顔で、すり抜けて、私も少し片目をつぶる。
でも、たまに、キスを、なげたりしてみる。
光る泡を注がれる薄く長いグラス。
揺れる水晶の光。
職場のビルと同じように背を伸ばしている高層マンション。
毎日、ちがう靴。
誰彼に、貰ったアクセサリー。
季節ごとのリップスティック。
エアリーに巻かれた優雅なブローした髪型。
彼は、デュポンのライターのような男。
私は、エルメスのスカーフのような女。
「お待たせしました。」
私たちのテーブルに、カクテルが届いた。
女性同士になると、もちろん、男性の話をしはじめる。
たいてい、いつも酔いが先に回る同僚のカナが口火を切る。
(また、あの映画会社の男の話か・・・)と思い、
私が、ティフィンフィズに口を付ける瞬間。
「僕が、コイントスで負けてしまったんだ。」
その声が、私の、耳の後ろで、聞こえた。
テラスにいた秋のような男。
それは、彼のバイオリンのような特徴的な声。
それに、すぐに気づいた。

その瞬間、私には、防御本能といえる拒否感が働いた。
声の響きが、ゆらぎが、私の感情を、一瞬、波立たせたのだ。
波紋が、心を、何回か揺さぶろうとした瞬間、
無抵抗に開きかけた心のドアを、咄嗟に出した右手で、閉めようとした。
「何の用ですか?そういうのは、向こうでやってくれる?」
心が反応するよりも早く、唇が動いた。
いつも冷静なヒロコが、
「コイントスで決めるくらいしか、女性のところに来れないの?ボクは。」と言う。
「ぷっ!」
カナが笑った。
私たちは、少し気むずかしい立場。
いわゆる「れっきとした大人の女」は、
ファーストインプレッションで、男に強く出た方が良い。
馬鹿な男を煙に巻くナンパ対応策の常套手段だ。
ここで怯むような男には、用はない。
「バカバカしい夜は、馬鹿な女の子を相手にするくらいがちょうど良いんだけど、お姉様方は、少し敷居が高いみたいだ。出直しますよ。」
リナが口を挟む。
「なに~。お姉様方って、年増みたい。いくつに見えるのよ!」
相手の方が一枚上手だった。
彼の影が、私たちが築いていた高らかな女の壁を、ゆっくり、音を立てずに、崩していく。
簡単なモノだ。
私たちはエルメスのスカーフを纏っていても、結び目は静かに解かれる。
高級だからこその柔らかな生地は、肌に何の抵抗も見せずに、くびもとを露わにするのだ。
彼が片目をつぶる。その余裕に満ちた表情で、女性達は、完全に、ペースに飲み込まれる。
「こんなところで、女性だけで飲んでいる人たちは、そりゃぁ、敷居が高いし、キレイに見えるって事ですよ。大人であるということと、年齢が高いってことは、イコールじゃない。むしろ、若くて大人の方が、よっぽど魅力的だ。ボクちゃんは、実際は32歳だけど、あなた方のようにキレイな人には、テーンエイジャーに見えるでしょう。」
32歳、私よりも、3つ上だ。ひよっこの若手に見える表情なのに、40歳のような言葉を使い落ち着きを払っている。
こういう年齢不詳な男は、キケン度が高い。
でも何故か、その声の響きが、聴覚を狂わし、温かい液体が耳元をくすぐるように、浸透してくる。
「それで、ボクちゃんが、私たち、若くて敷居の高そうな女の子に、甘いチョコレートのようなカクテルでも奢ってくれるかな?」
カナが答える。
「向こうで、僕たちは4人で飲んでいる。良かったら。ムリせず。」
バーカウンターより奥にあるソファの席に、
アメリカ人のような日本人が三人いる。
「一杯くらいなら付き合うわ。」
カナが答えた。
ヒロコは、眉をひそめ、少しめんどくさそうな表情をしたが、まんざらでもなさそうだ。
リナは、向こうの方に見える男を一瞥すると、少しだけ表情が明るくなった。
「エイタくんみたいなぁ、スカしたこの男より、向こうの男の方が包容力ありそう。」
私に軽く耳打ちをする。
私の心の必死な抵抗なんて、女性の“その気”ですぐに引っ張られていく。
もはや目の前の男にも、周りの女友達にも、両方に、手を引かれていく。
時計は23時を指していた。
私は、24時に照準を合わせて、自分という品格を据えたソファーからふわっと離れた。