亀田家騒動 -テレビ報道の在り方-
朝青龍、帰るなら、今だ!!
内藤選手は大人だなぁという意見は、大半の世論が支持しているでしょう。
「笑顔でたたえあいたい、一言かけてやりたい」と語る内藤選手。
内藤選手は亀田家を許してます。
坊主で謝ることがファイターにとってどれくらい屈辱かを知ってるんでしょう。
この問題の起因が、裏金とか、女性問題とかではないんですから。
敗北という絶望から生まれた若さゆえの反則が原因だから。
「若いからってプロなんだから」と言う人もいますが、プロと若さを対立軸にはできません。
それは並列の関係性です。若い企業は勢いがあるが失敗する。当たり前です。
つまり前述のロジックは成り立たない。
若さゆえのプレーもあれば、ベテランのプレーもある。
振る舞いも同様です。
若さゆえに生まれることは数多く存在します。
一番の問題点は、テレビの衆愚です。
執拗に煽るテレビ。大半は「亀田家は謝ってない」と言う。
でも内藤選手は許してます。
じゃぁテレビは誰に謝れといってるんでしょうか??
子どもへの謝罪なのか?
「子どもに悪影響を与える??」
テレビに流れているものの大半が影響を与えます。
そのなかで悪は絶対にあります。
「スポーツ選手は子ども教育の見本??」
そんなのは当たり前です。ジャイアンツ選手は紳士たれです。
でも、そのジャイアンツだって踏み外すことはあるでしょう。
江川・小林問題はどうなんでしょうか?乱闘だってしてるではないでしょうか?
子どもは謝罪対象ではありません。
それはリテラシーの問題で、「悪影響を受けそうな子どもの親」が成人になるまで子どもを守るんです。それが親権です。
「亀田はやっぱりゴキブリとか言ったから、驕ったから負けたんだよ」とか聞かせればいいと思います。
何よりも、亀田家は子どもとボクシングをしたのではなく、相手は内藤選手なのです。
じゃぁ協会でしょうか?
協会は罰という形を取っている。甘んじて罰則を受ければ良い。
それが謝罪と同義でしょう。
「世間を騒がせた」という謝罪会見であれば、あの謝罪だけで充分です。
「マスコミが求める謝罪」は、誰が対象でもいいのでしょう。
言い換えればテレビに対して、謝って欲しいのです。
「え~~~~、関係ねぇじゃん」です。
逆に「報道規制して伝えない方が在り方として正しいのでは?」と思います。
テレビはその絵を取りたい。
もしかしたら、謝んない方がオモシロイと思ってるのに、謝罪しろといってるかもしれない。
一種、突発的な熱をテレビに生み出し、世間をとやかく騒がせたいだけなのです。
この姿勢がある限り、テレビの報道的側面は落ちていく一方だと思います。
新聞5大紙は、この問題について、あくまで客観的にスポーツ面で報道してます。
テレビはどうでしょ?報道番組も含め1面ぶち抜きのような扱いです。
メディアの会社は、グループ会社で繋がっているのにも関わらず、この差です。
テレビは今、スポーツ選手の心理を蹂躙している。
朝青龍の時もそうです。例え仮病でも、傷ついたフリでも、そんなに穿ることはない。
そこまでの権利はない。
今回も19歳の人間に「謝罪の時の態度は、わざとだろう」とか書きたてる人までいる。
報道の目的は事実を伝えることにある。それ以外にない。
この独断と偏見に満ちすぎたテレビ。
テレビを愛している僕としては、吐き気を覚えます。
※BBCはイラク戦争で、この重要な点に気づき、事実報道以外の行いを悔い、謝罪番組すら作っている。
(亀田家に対して皮肉を込めながら)
でも、亀田家、安心してください。
次の標的は、別の場所にいます。必死に探してます。
今、朝青龍が帰る絶好のタイミングが今であるように、亀田家が蘇る絶好のタイミングは3ヵ月後には来ます。
蛇足にはなりますが
新聞とテレビで報道の在り方の好循環を生み出して欲しい。
そうすればマスメディアは蘇る。僕らも寄与できる。
※謝る謝らないという問題ではありません。それは個人の裁量です。
「武士としてスポーツマンとして謝らなければならない」も美学という個人の裁量です。
そして、私が亀田家が好きなわけでもない。
内藤選手は大人だなぁという意見は、大半の世論が支持しているでしょう。
「笑顔でたたえあいたい、一言かけてやりたい」と語る内藤選手。
内藤選手は亀田家を許してます。
坊主で謝ることがファイターにとってどれくらい屈辱かを知ってるんでしょう。
この問題の起因が、裏金とか、女性問題とかではないんですから。
敗北という絶望から生まれた若さゆえの反則が原因だから。
「若いからってプロなんだから」と言う人もいますが、プロと若さを対立軸にはできません。
それは並列の関係性です。若い企業は勢いがあるが失敗する。当たり前です。
つまり前述のロジックは成り立たない。
若さゆえのプレーもあれば、ベテランのプレーもある。
振る舞いも同様です。
若さゆえに生まれることは数多く存在します。
一番の問題点は、テレビの衆愚です。
執拗に煽るテレビ。大半は「亀田家は謝ってない」と言う。
でも内藤選手は許してます。
じゃぁテレビは誰に謝れといってるんでしょうか??
子どもへの謝罪なのか?
「子どもに悪影響を与える??」
テレビに流れているものの大半が影響を与えます。
そのなかで悪は絶対にあります。
「スポーツ選手は子ども教育の見本??」
そんなのは当たり前です。ジャイアンツ選手は紳士たれです。
でも、そのジャイアンツだって踏み外すことはあるでしょう。
江川・小林問題はどうなんでしょうか?乱闘だってしてるではないでしょうか?
子どもは謝罪対象ではありません。
それはリテラシーの問題で、「悪影響を受けそうな子どもの親」が成人になるまで子どもを守るんです。それが親権です。
「亀田はやっぱりゴキブリとか言ったから、驕ったから負けたんだよ」とか聞かせればいいと思います。
何よりも、亀田家は子どもとボクシングをしたのではなく、相手は内藤選手なのです。
じゃぁ協会でしょうか?
協会は罰という形を取っている。甘んじて罰則を受ければ良い。
それが謝罪と同義でしょう。
「世間を騒がせた」という謝罪会見であれば、あの謝罪だけで充分です。
「マスコミが求める謝罪」は、誰が対象でもいいのでしょう。
言い換えればテレビに対して、謝って欲しいのです。
「え~~~~、関係ねぇじゃん」です。
逆に「報道規制して伝えない方が在り方として正しいのでは?」と思います。
テレビはその絵を取りたい。
もしかしたら、謝んない方がオモシロイと思ってるのに、謝罪しろといってるかもしれない。
一種、突発的な熱をテレビに生み出し、世間をとやかく騒がせたいだけなのです。
この姿勢がある限り、テレビの報道的側面は落ちていく一方だと思います。
新聞5大紙は、この問題について、あくまで客観的にスポーツ面で報道してます。
テレビはどうでしょ?報道番組も含め1面ぶち抜きのような扱いです。
メディアの会社は、グループ会社で繋がっているのにも関わらず、この差です。
テレビは今、スポーツ選手の心理を蹂躙している。
朝青龍の時もそうです。例え仮病でも、傷ついたフリでも、そんなに穿ることはない。
そこまでの権利はない。
今回も19歳の人間に「謝罪の時の態度は、わざとだろう」とか書きたてる人までいる。
報道の目的は事実を伝えることにある。それ以外にない。
この独断と偏見に満ちすぎたテレビ。
テレビを愛している僕としては、吐き気を覚えます。
※BBCはイラク戦争で、この重要な点に気づき、事実報道以外の行いを悔い、謝罪番組すら作っている。
(亀田家に対して皮肉を込めながら)
でも、亀田家、安心してください。
次の標的は、別の場所にいます。必死に探してます。
今、朝青龍が帰る絶好のタイミングが今であるように、亀田家が蘇る絶好のタイミングは3ヵ月後には来ます。
蛇足にはなりますが
新聞とテレビで報道の在り方の好循環を生み出して欲しい。
そうすればマスメディアは蘇る。僕らも寄与できる。
※謝る謝らないという問題ではありません。それは個人の裁量です。
「武士としてスポーツマンとして謝らなければならない」も美学という個人の裁量です。
そして、私が亀田家が好きなわけでもない。