母からの
「コロナワクチンをうって、就職して」
という一言から
何故か急に凹み
その理由に気付けないまま
数ヶ月が経ち
ようやく
母からの
「コロナワクチンをうって、就職して」
という一言が
自分にとって
ショックすぎて
キャパオーバーとなり
身体と精神が固まり
徐々に落ち込んだのだと気づいたと
書いたのが
前回のブログ
この4ヶ月のこと①です。
今日は
その続きを書いていこうと思います。
落ち込んだ理由が
自分にとって
キャパオーバーなことが
起きただけで
じゃあ何故、
こうもずるずると
落ち込み続けてしまうことにも
分かったような気がしました。
日々の生活の中で
身体が固まっている感じがしていたので
気がついたら
「はぁー、ふぅー、ほぉー」と言いながら
息を吐くようにしてました
自分調べですが
こうしていると
力の入った身体が緩まり、
メンタルも楽になることが多いです。
そうして過ごしているうちに
何かを我慢していたことに
気づきました。
落ち込んで
身体がフリーズするのは
何かを我慢しているからではないか?
逆に
何かを我慢するクセのせいで
身体が固まってしまい
落ち込んだ気持ちを
ずるずると
引きずってしまうのではないか?
我慢と言うか
言葉にしようとしていない何か、
頭の中で
言語化しようしない何か。
これって何だろうと
さぐってみると
「怖い、しんどい、辛い、助けてほしい」
を
思わないよう、
言わないよう
感じないように
ただじっと我慢していることに
気づいたのでした。
一瞬、
「そんなこと我慢してる、俺?」
と自分を疑ったのですが、
これまでの人生を振り返ってみて
この4ヶ月のように
動けなくて
何をしたらいいかわからない状態が何度もあり、
その都度
「どうしたらいいんだろう?」
「何をしたらいいんだろう?」
ばかりを考えしまい
とても苦しいのに
「しんどい」
「苦しい」
「辛い」
「こわい」
「助けてほしい」
と思ったり
考えたり
口にしたりしてませんでした。
逆に
それらの言葉を
ちゃんと
頭の中で言語化したり
口に出すことができると
長引く落ち込みから
だんだん復活してきたように
思えます。
これに気づいたときに
「あ〜、俺って今まで
『こわい、辛い、しんどい。助けて』って
口に出してはいけないと
決めてたんだなぁと
しみじみ思えました。
『こわい、辛い、しんどい。だから助けて』って感じても、
我慢しただ耐えて
時間が立つのを待つという
解決策しか選んでなかった。
『こわい、辛い、しんどい。助けて』と
思ったり言うのは
自分が
人として弱いとか
情けないこととも
思っていたようです。
また
過去の体験から
『こわい、辛い、しんどい。助けて』と
人に伝えても
助けてもらえない
守ってもらえない
どうにもならないという
人への不信感だったり
人に言ってもダメだから
自分一人で頑張らなくては
なんて言う思いもあったようです。
過去の体験とは
20代前半ぐらいのこと。
実は
色々あって
10代後半から
頑張って
創価学会の活動を
している時期がありました。
創価学会の活動をすることで
今のダメな自分をどうにかできるかも?
もっと成長できるかも?と思って
活動していましたが、
何年か経って
全然変わらない自分
というより
どんどんダメになっていく自分に
絶望するようになりました。
どんどんダメになるのは
自分の弱さのせい
自分が人として劣っているから
そんな風にも
思うようになっていました。
そして
大学に通えなくなってました。
振り返ると
鬱状態でしたね。
学会活動をしていると
大学生として
勉強をする時間を後回しにしがちになり、
これ以上
大学に行けないと
卒業すらヤバイとも思え
そこに
自分自身への絶望も重なり
学会活動を一時的にでもやめて
大学の勉強に力を入れようと
ようやく前向きになり、
そのことを
学会の先輩に伝えました。
3人の先輩に囲まれ
色々なことを言われました。
先輩から何て言われるかは
覚悟した上で
学会活動をとりあえずやめたいと
伝えたのですが
3人の先輩から
3時間近く
どうにかして私を引き止めようと
時に説教され
学会活動を辞めたら、不幸になるぞ
と脅され
時に
そんな考え方は間違っていると
自分の考えを否定され
今のまんまだと
自分が信じられなくて
とても苦しい、辛いと
何度言っても
分かってもらず、
何一つ譲歩しない
先輩たちに
どんどん
腹が立ち
後半は
もうどうでもいいやって
投げやりになっていました。
自分一人対3人の先輩での
平行線の会話を
3時間近くしてれば
そりゃ疲れますよ〜
しかも
こちらは
ただでさえ
メンタル弱ってるのに^_^;
そこで
先輩たちは
「お前を助けるから
一緒に頑張っていこう」と
言い
それが信じられないという
会話が何度かあって
この長々と続く
平行線の会話を
とりあえず終わらせたくて
先輩たちの
「お前を助けるから
一緒に頑張っていこう」という言葉を
「わかりました」とは
了承し、
ようやく先輩との会話が終わったのですが
内心
投げやりな気持ちと
先輩への不信感から
「どうせ口だけだろう」と
先輩たちの言葉を
信じていませんでした。
そして
案の定
その約束したことは
たった一日でなくなり
3人の先輩たちから
一切
連絡はなくなったのでした。
どうせ口だけだろうと
分かっていたけど
心の奥底では
これをきっかけに
今の辛い気持ちをどうにかすることが
もしかしたら
できるかもしれないと
かすかな
希望も持っていたのですが
たった一日で
約束が流れ
連絡すらしてこないことに
腹立たしさと
裏切られた気持ち
これから
どうしていったらいいのか
分からない不安感が混ざりあい、
最終的には
この後何年も
「生きることなんて、もうどうでもいいや」
という気持ちで
生きてました。
この体験があり
人への不信感や恐怖心を
持っていましたが
もう20年以上前のこと。
たまたま
何年か前に
当時の
この3人の先輩たちに
個別に会う機会がありましたが
一定の距離を持って
接することができたし、
再開までの長い間に
私自身にも
色々な学びがあって
自分なりに頑張って
人への不信感や恐怖心は
だいぶ減り
もう大丈夫だろうと
思っていたのですが
今回
『こわい、辛い、しんどい。助けて』と
人に伝えても
どうせ
助けてもらえない
守ってもらえない
どうにもならないという
人への不信感や
だから
自分一人で頑張らなくては
なんて言う思いが
まだ残っていたんだなぁと思います。
とにかく
『こわい、辛い、しんどい。助けて』と
感じていい、
我慢しなくていいし
そう口に出していい
という
自分への許可出しというか
自分を許し緩めることを
今、やってる所です。
この4ヶ月で気づいたことが
他にもあるので
もう少し続きます。