先日、自分の落書き帳の整理をしていた。落書き帳は日ごろの自分の考えやアイデアを適当に書いているノート。その中に「両親とあとどれぐらい一緒にいられるか計算してみる」と書いてあったので、計算した。

 

おとんの年齢が60歳で、じいちゃんがなくなった年齢が83歳として、それまで生きると仮定。1年に実家に帰る日は

 GW:3日

 お盆:3日

 年末年始:3日  計9日/年

 

83歳まであと23年ある。単純計算だと、

   9×23=216日となった。晩御飯を食べる回数は216回

 

昔はあんなに毎日一緒に晩御飯を食べていたのに、社会人なってみると、実家に帰るときしかおとんと晩ご飯を食べない。216回と考えると、もう1年もないんだなーと思うと、なんか目頭が熱くなった。

 

おとんとは普段あまりしゃべらない。お酒を飲んでいる晩御飯ときぐらいしかしゃべらない。っていっても、ご飯のときもそこまでいろんな話をするわけでもない。

 

人生は長いようで以外と短いんだなーとふと感じた。

 

おとんのことにしろ、自分のことにしろ、一瞬一瞬を大切に生きていこう。

 

今日も一日楽しんでいこうー

 

先日大阪市立中央図書館にいって岡山県の歴史に関しての本を1冊借りてきた。

「岡山県の歴史散歩」

 

この中で高梁市の章があった。

20161023_備中松山城 

まず最初に備中松山城について書かれてあったのでここで簡単に触れておこうとおもう。

 

20161023_日本の山城 

上記の表は簡単に日本のお城についてまとめたもの。

 

備中松山城は日本の3大山城の一つで、天守閣が現存している山城としては現在日本で一番高い山にある城とのこと

 

築城は1240年、承久の乱(1221年)後に有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭となった秋庭重信によって建てられたらしい。標高は480mで、山城としては日本で3番目に高い。日本3大山城の一つ。

 

一番は岐阜県の美濃岩村城(721m)、2番目は奈良の大和高取城(583.9m)そして3番目が備中松山城(480m)。

 

ここまでくると、あれ??

 

兵庫の朝来市にある竹田城は雲海で有名だけど??竹田城は高くないの??っていう疑問が浮かんだので、竹田城の標高を調べてみると、、、

 

なんと、353m!!!

 

おー、竹田城より備中松山城の方が標高が高いんや!!!

 

と驚いてしまった。

 

確かに最近松山城も雲海が見えるでPRしてて、高梁駅に観光客がたくさんいたなーと。その理由に納得。

 

もし竹田城の雲海を見てもっと高いところの雲海を見たい人はぜひ松山城にきてくださいな(笑)

 

っとまぁ、こんな感じかな。

 

18年間高梁で過ごしたけど、松山城のすごさを初めて知った。

12月9日~11日と地方創成実践塾で滋賀県の東近江市に。

そこで菜の花プロジェクトが紹介されていたので、調べることに。

 

 

 

○菜の花エコプロジェクト

菜の花エコプロジェクトとは?

転作田に菜の花をうえて、菜種を収穫し、採取し菜種油に

菜種油は家庭料理や学校給食に使用し、搾取時に出た油粕は肥料として使用

廃食油は回収し、石鹸や軽油代替燃料(バイオディーゼル)にリサイクル

バイオディーゼルを使用した時に排出される二酸化炭素は菜の花が成長したときに吸収したもので大気中の二酸化炭素の量は増えず、カーボンニュートラル。

地球温暖化に貢献でき、地域内で資源が循環する取り組み、これが菜の花エコプロジェクトらしい。

 

ネットを見てみると、菜の花エコプロジェクトは「自立」と「自律」の地域づくりを基本とした運動で、「地域のことは地域で解決する」ことを理念に「食とエネルギーの地産地消」を目指しているらしい。

 

なんか、きいてるだけだと、すごいよさそうなもんに見えるが、実際はどうなんだろうか。

これからみていこう。

 

菜の花エコプロジェクトの取り組み経過

 

○第一期 琵琶湖の水質保全 1986年~

琵琶湖で大規模な赤潮が発生。

その原因の一つが合成洗剤に含まれるリンであることを重視した消費者が中心となって、合成洗剤に代わる「無りんの石鹸」を使おうという運動が滋賀で始まる。これが、県民や各種団体を巻き込んだ「せっけん運動」へと拡大し、「琵琶湖の富栄養化を防止する条例、(びわこ条例)」制定の原動力に。その後、昭和61年から住民と自治会行政が協同し、住民自らが分別、収集、運搬をおこなう「あいとうリサイクルシステム」が確立したらしい。

 

○バイオディーゼル燃料への変換 1992年~

 

回収した廃食油からせっけんをつくり、家庭で使うことで循環ができていた。しかし、びわこ条例に対抗して、洗剤メーカーが無りん合成洗剤の販売を始めると、一時は県内で7割を超えたせっけんの使用率が急速に低下してきた。

 

その一方で廃食油の回収量は増大していき、新たに廃食油のリサイクルの仕組みを作り出すことが大きな課題となった。

そのなかで、廃食油が車の燃料になるかもしれないという、情報を得て、滋賀県環境生活協同組合と滋賀県工業技術センターは共に情報収集と研究をおこなっていった。そして、開発から4年後、バイオディーゼル燃料精製テストプラントを設置し、廃食油の燃料化に成功した。

 

○菜の花エコプロジェクトの誕生 1998年~

 

廃食油の燃料化が、始まって3年目を迎えた平成10年、滋賀県環境生活協同組合の藤井理事長から「ドイツのように菜の花で車を走らせよう」と新たな提案をうけ、資源循環システム、「あいとう菜の花エコプロジェクト」が始まった平成10年10月、この取り組みを子供たちの環境学習の機会とするために、30㌃の畑に菜の花の苗をうえ、その後、刈り取り・搾油を体験し、油の燃料化実験を行った。その後もいろいろな活動をおこなう。

 

○あいとうエコプラザ菜の花館 2005年~

資源循環型地域づくりの拠点施設

愛東町では、菜の花エコプロジェクトを更に発展させ、地域内の資源循環機能を高めるために、農村に豊富に存在するバイオマスん有効利用する目的で平成13年から拠点施設の整備を開始し、平成14年12月に国が「バイオマス・ニッポン総合戦略」を閣議決定し、バイオマス利活用の取り組みを本格化。平成15年度には農林水産省がバイオマス利活用フロンティア整備事業を予算化し、その後も第一号として採択され事業に着手。平成17年にあいとうエコプラザ菜の花館を施工。

 

こういう歴史があるらしい。

 

最初は赤潮から始まって、市民自らが声をあげ、せっけん運動までおこり、その勢いで、条例が制定。その後、企業の無りんせっけんの開発で、廃油の利用率が下がるも、努力の末、なんとかバイオディーゼル燃料への利用に成功、そして、それを子供たちの環境学習に取り入れるなど用途先を拡大。それからも、いろいろな取り組みをおこない、国の予算がおり、あいとう菜の花館の施工までいたる。

 

赤潮が発生したのが1977年、それから約40年。地域の方と行政の方の努力があって、出来た菜の花エコプロジェクト、まぁ、たしかに地域活性化の取り組み事例としてはたしかに、参考になるなーと、調べてみて改めて実感。でもやっぱり、この取り組み事例から考えると、行政だけ、また地域住民だけが頑張ってもダメなんだなーと思った。

 

おそらく、東近江市は地域と行政をうまくつなげて、両輪でなにかやっていく仕組みがあるんだろーなと。こういう仕組みの手助けになっているのが、市役所の山口さんが仰っていた、創寄りみたいな、いろんな分野で働いている方が気軽に話し合える場なんだろーなと感じた。この創寄りの場だけが交流場所ではないが、こういう場がある環境が地域にとって重要なんじゃないかなーと。

 

まあ、これから俺が岡山にかえってなにをするか。まずは岡山県でどんな課題があって、いまの自分にはどんな能力かあって、それをどういかせるか、これから考えていこうー。

岡山にかえるまでまだ時間はあるけん、いますんでいる地域で市民活動や行政の方がどんな取り組みをおこなっているのかもいろいろ情報収集したら、そういう場に参加していこー

 

将来のことを考え出して1から、自分は何がしたいか、どんな生活を送っていきたいかを考えるようになったのは、今年の1月から。理由は去年デールカーネギーの講習を受けて、

「夢をかなえるためには、ポジティブな考えを持ち、かつ、ビジョンを持ってそれを紙に書くこと

「10倍の熱意をもって行動すれば実現すること」

など、自分が望めば夢は実現すると確信したからだ。これまでの自分は、僕にはできないかもと、いつも弱気になっていた。しかし、実際に夢を実現しているトレーナーを拝見し、まだ若いのだから、自分がやりたいことをもう少し、追いかけてみようとおもった。それがきっかけでこれまでの自分の行動、自分の夢について真剣に考えるようになった。それから、約1年がたち、僕の居場所は田舎になるような気がすると思い出し、これまでいろいろと活動をしてきた。理由は単純で、自然がすきだし、そして、それに囲まれて生活したいし、自然環境に囲まれて仕事をしたり、子育てがしたいと思ったから。

今年4月の友達とのバーベキュー、そして、GWのしまなみ海道旅行や島に住んでいる先輩との出会いがきっかけでその思いは加速していくのである。

それについては今後書いていこう。

岡山の移住セミナーで発表されていた方の話を簡単に書いていこー

 

勝央町に住んでいる、北原さんの話。

 

 

 

 

ぶどうガーデン 遊楽里を運営している。生産面積5反

 

まず最初に仰っていたのが、

移住したい市町村に出向いて情報収集することが一番大事とのこと。

 

なるほど!

 

情報収集のやり方としては、、、

 

先輩移住者(就農者)を紹介してもらう。

あって話をきく。

住むところはあるか?空きやバンクなど。

生活の利便性→スーパー、公共機関、インフラ等

借りれる農地はあるか、借地に水の配管設備があるか。

施設建設時の補助金の条件など。

かりれる成木園はあるか。

 

 

〇金銭面

ぶどうだな 180万円反

借地代金

生木園 ハウス2棟10万円

新植園 3反 3万円

畑 3反 1.5万円

→年間?

 

く貯金 目安は500万~1000万円

 

〇移住後にやるべきこと

地域のひとにコミュニティーに、積極的にはいっていくこと。地区の定期清掃。役回り。常会長や、消防隊員など。

→自分をしってもらう。そのなかで、信頼が生まれる。

ぶどう栽培に関しての勉強会に参加する。

→ブドウ農家の集まりや、各種講習会

他のブドウ農家さんの手伝いにいく。

→ビニールはり、袋かけ、剪定等。

 

ぶどうは人となりがでるから、きちんと育てることが大切だよ!

 

おー、農業ってやっぱりおもろいなー!

 

勝央町の写真をネット拾ってきたのでご覧あれ!

 

 

こんな感じかな

 

 

 

 

今日は大阪ふるさと情報くらしセンターで岡山の移住にのセミナーがあったので参加することに。

 

参加地域は

 

新見市 真庭市、勝央町の3地域!

 

いやー、どの地域もええ地域やなー

 

まずは新見市!

場所は岡山の北のへん。

 

①新見市

市役所の赤木さんと地域おこし協力隊の加藤さん。加藤さんは東京芸大の大学院をでて、その後の協力隊へ。

 

交通の便:新大阪駅から新見駅までは約2時間

人口 31000人ぐらい

面積 800km2

 

面積の85%が森林!

 

1次産業としては、ニューピオーネやトマトがさかん!

なんと農家さんで売り上げが1000万円もある農家もあるらしい!!

 

農家って意外と儲かるんやな!と顔がにやけたり・・・

 

てか、85%森林で結構林業もさかんな地域らしい。岡山に18年間いたけど全然しらんかったなー

 

俺のおかんの実家が新見で、大学の研究室の先輩も新見市役所で働いているっていう縁もあってなんか親近感がわくんよねー

 

新見の風景をネットから引っ張ってきたんでご覧あれ!

 

 

 

 

 

こんなところかな。

 

 

 

先日、友達と話していると、

「スパイダーマンって、話すとき、顎をよく触るね」

 

といわれた。

 

自分の中では無意識だったが、意識してみると、顎をよく触っていた。

 

どんな心理が自分にはあるのかと思い、いろいろ調べてみると

 

・プライドが高く、自意識過剰でナルシストな人に多くみられるしぐさ

・見栄っ張り、権威強調

・自尊心やプライドは高く、ナルシストで甘えん坊な人によく見られるそうです。

・アゴをさする癖がある人は、幼児性があり甘えん坊、自意識過剰気味でナルシストな傾向がある

 

などがあった。

 

うーん、なんとなく、あってなくもない。

 

自分の無意識のしぐさで自分の内面を表現しているのを知って少し驚いた。

 

 

そもそも顎にはどんないみがあるのか?

 

顎は人のプライドや優越感が現れやすいらしい。顎を触るその心理は上から目線であったり何かを考えている状態であると考えられるとのこと。

 

今度から他人や会社の同僚のしぐさを観察してみよう。

 

 

 

これからどういう選択肢をとっていこうか、最近考えている。

 

いまの考えとしては、

①来年7月まで働いて、それいこう、会社をやめて、岡山県庁の試験勉強をする。再来年の試験が年齢的にさいごになる(年齢制限は再度調べる)。

②来年4月までにやめることを前提に仕事をさがす。市役所の臨時職か、農業に関係のある仕事で。

③いつまでにやめるとかをもうけず、とりあえず、定期的に岡山の移住イベントに参加し続ける。

④いまの会社に居続ける

⑤とりあえず、4月か7月にやめて、岡山に帰ってからどうするかを考える

⑥岡山以外で移住先を考える

⑦農業の業界で、著名な方あって、成り行きに任せる

まぁ、とりあえず、いまのところの選択肢はこんなところかな。


まぁ、来年7月を期限にして、いろいろ行動していこう。年内には方向性を決めている自分を想像してたのしんでいこう!
 

将来こうなったらいいなとか、こういうマインドでいきれたらいいなーっていうのは最近少しずつわかってきて、そのためにどんな仕事や場所いいかっていうのも抽象的やけどわかり始めてきている。

あと、それを達成するためにはどういうアプローチがよいか具体的に考えていく必要がある。

その方法として、将来のなりたい自分の状態こんな世界ならたのしいやろな、こういう人に囲まれて生活したいな、とかそういったイメージ語り続けることが、そのアプローチを具体化していく方法のひとつなんだと最近おもうことがある。

前に、大阪の企業人材センターで、担当の方に想いをぶつけたら、岡山県庁の専門職を進められたのもそのひとつ。

いろんな方に語る中で自分のまだ詰めきれてない部分も明確になるし、それにたいしてのアドバイスももらえる。

とりあえず、

そしたら、もしかしたら県庁よりさらによい選択肢がみつかるかもしれない。

昨日も1日楽しかった。
ありがとう。

「田舎で暮らしたいと思っている若者や家族が容易に田舎で暮らすことできる環境を創ること。」

 

自分で食べるものを自分で作ってとれたてを食べる、こんな素晴らしいことはないなーと感じる。しかし、農業は生活面では稼ぎが少なく、職業としては選択されにくいのが現状。

農ある暮らしは理想だが、いまの世の中では家族や子供を養うのは難しい。こういった環境、価値観を変えていきたいって最近思っている。

田舎でも都会と同じくらい稼ぐことができる仕組みを農業を通してつくることが私のミッション。田舎でも都会と同じくらいお金が稼げて、田舎の方が都会よりよりよい暮らしができる、そういった価値観が当たり前になれば、もっと将来の子供の夢の選択肢が広がって、日本は変わると思う。

 

農業を知らない僕が農業を通して世界を変える。

 

夢を達成する手段の一つ、また通過点の一つとして県庁の農業の職員はばっちりだと最近感じている。

 

岡山県庁の技術系の「農業分野」の職員になること。将来の夢、そして自分のミッションをかなえるための通過点として岡山県庁の農業分野の職員になることがまずは目標に掲げ、これから楽しんでいこう!

 

それなりの努力と時間はかかる。県庁の年齢制限は29歳まで。俺の年齢は26歳なので、あと2~3年。この数年が勝負になる。

 

何年か働いて、岡山県の農業の課題、足りない点、行政ではできない点がもし見つかったら、会社をつくるのでもいいと思う。もし行政にいる方がよければ、そのまま居続ける。どっちにしろ、地域の農業従事者と仕事ができて、国の農業の政策方針等の情報が入ってくる。

 

努力する価値は十分にあると感じている。

 

よし、まずはこの岡山県庁の勉強がどんなものか。実際の仕事はどんなものか。知り合いで岡山県庁で働いている方はいないか、情報収集に励んでいこう。

 

今日も一日楽しかった。

ありがとう!