すると同様に思った東京在住の同業の先生方が
実際に行動に出てくれた。
文科省前で街頭演説をし、衆参両議院に陳情に行き
記者会見を開いてくれた。
大人だけではない。実害を受ける高校生、受験生の
当事者も、全国から声を上げてくれた。

以下はその一つの例。
筑波大学附属の高校二年生男子の意見。

Q:教育理念、試験の手続き、試験の内容、それぞれ分けて議論すべきということですか。

 A:はい。いくら崇高な理念であっても実現できないことはたくさんあります。それぞれの段階、テーマできちんと話を詰めていかないとダメでしょう。実際、いま、ほころびがたくさん出ています。そのせいで、英語民間試験一つ取ってみても、高校2年生は混乱しています。文科省は、不安を理解しており払拭するようにつとめる、と言いますが、不安で片づけられてしまうのは困ります。そんな印象を振りまくのは、いい迷惑です。不安ではなく、不満なのですから。
Q:大学入試はどうあるべきでしょうか。

 A:本来、入試は大学が入学してほしい学生を選抜するために考えるものです。それを国が見繕って第三者に作らせた試験で試そうとする。これは大学の受験生選抜の意志に反していませんか。入試の仕事じゃないものを入試にさせている。入試を入試ではないものにしています。思考力、表現力を身につけさせたいならば、アクティブラーニング、ディベートのような営みは教育現場で行えばいい。それをたかだか1、2時間の入試で思考力、表現力を試すとか、まして、これらを民間に委ねるとか、やり方は間違っています。
https://dot.asahi.com/dot/2019101800113.html?page=1

これだけの長さの意見を即、その場で論理的に話せる高校生が現に存在することは、頼もしい限りではあるが,一方で次のような現実もある。

以下が、今回の騒動のそもそもの始まりである「英語教育の在り方に関する有識者会議 英語力の評価及び入試における外部試験活用に関する小委員会(第1回) 」の議事録である。
そもそも長いし、特に興味がある訳でもないなら別にわざわざ読まなくてもいいけど、
要するに、彼等も言い分は、ビジネスの現場で日本人が英語を話せないのは困る。話せない原因は、大学入試は英語が話せなくても合格できるから。もし、合格にスピーキング能力も必要なら高校生のうちから準備して話せるようになるだろう。現在のセンター試験では話す力は測れないから廃止して、話す力を測れる外部の民間試験で入試の代わりにしよう、という提案。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/102/102_2/gijiroku/1349153.htm?fbclid=IwAR0gb2tjeAsEQiEWDYtx-i00OUN1TQl_XjDzCB-c4jWAJ2RZxHnINqZuioI
なんという単純な発想なんだろう。

日本人が英語が話せないのは、入試に出ないから?本当にそうなの?