昨日、天才っていうのは、
とりわけ努力もしないでスイスイってできちゃったり、
逆に
1万時間も努力が続けられる人だ、
って、思うと、とっても自分にはムリムリムリっ
って思うだろうと、いう話をしてたけど、
本当にそうかな。
今、このブログを読んでる、ってことは、日本語が苦もなく使えるってことだけど、
この、日本語が話せるようになったのって、
何か大変な努力した?
してないよね。
もちろん個人差はあるけど
だいたい生まれて1年経って歩けるようになった頃、
こどばも一語「マンマ」とか単語を発するようになって
二歳で二語文、三歳で三語文が話せるようになったはず。
幼児時代は1日24時間の半分以上を眠っていたとして、
仮に起きている時間を1日10時間だったとすると
10×365×3=10,950
1万時間!?
だいたい3歳になる頃まで、私たちは、ひたすら日本語をヒヤリングしていた。
大人達の発言を聞いて言いたい事はいっぱいあるけど、
いかんせん、お口周りの筋肉がまだ発達していなくて
出したい音が出せない。
なので、ひたすら聞いているしかない。
ヒヤリング主体のトレーニング期間が積もり積もって1万時間。
この間に、日本語の文法の仕組みがいつの間にか頭のなかに構築されて
お口周りの筋肉も好きなようにコントロールできるようになって
言いたい事が自然に口から出てくるようになった。
時には、周りの大人がびっくりするような事を言って
「どこでそんな言葉、覚えてきたの」などと言われながら。
私達は、誰もが、なんの苦労もなく、
しかも1万時間、練習を続けて
日本語が話せるようになった。
私達は、誰もが天才だったのだ。
何か一つの分野で成し遂げることができた人は、
他の分野でもその方法論を応用することができる。
はず。
ですよね。