公務員試験のどこかで聞かれそうだけど、すごく難しいこの問題・・・
今日、読売新聞を読んでいたら、桑田真澄氏の記事が載ってって、
すごく良い文章だったので、ほとんどパクって、考えをまとめてみました。。
でもやはり、「体罰をなくす対策」が難しい・・・なぁぁ。
おかしな部分あったら、指摘していただけるとありがたいですm(_ _)m
<体罰の是非>
今年、1月に「大阪市立桜宮高校バスケットボール部2年の男子生徒が、顧問から体罰を受け自殺した」事件が起きてしまった。以来、体罰問題を巡り、さまざまな報道がされている。では、運動部において、体罰はあってもよいのかどうかを以下、論述する。
思うに、人間は楽な方向に逃げようとする面があるため、他人に強制されないと努力できない部分も少なからずある。そこで、「愛情の表れなら殴ってもよい」「極限状態に追い詰めて成長させるためなら体罰もあり」という体罰賛成意見もある。
一方、体罰によって、「ケガをして競技を続けられなくなった」「練習はしたいのに体罰が嫌で部活に行きたくなくなった」という声も聞く。そもそも体罰とは、「絶対に仕返しをされないという上下関係の構造」で起きるものであると考える。そのため、やはり体罰の強制による競技技術の向上を狙う指導方法は良くないのではないか、と思う。
ではなぜ、体罰が起きるのであろうか。それは指導者の「勝利至上主義」にあると思う。目の前の勝利のためなら何をしても良いと考えてしまっている指導者が、体罰をするように思う。なぜなら体罰は、暴力で脅して子供を思い通りに動かそうとする、指導者にとっては最も容易な方法だからである。「勝利」という目的を、「体罰による強制練習」という手段によって実現しようとしている。
しかし本来、学校における部活動の指導方法は「人材育成主義」であるべきと考える。つまり、学校の部活動は「子供を育てる、選手を育成する」ことを目的とするべきではないだろうか。そのための手段は体罰ではなく「なぜうまくいかないのか、どのようにしたらうまくいくのか、一緒に悩み考え、ヒントを与える」のが指導者の役割であると思う。
また、各生徒の「自ら部活を頑張るモチベーション」維持のためには、「同じ競技でハイレベルな学校との合同練習」や、「成功しているスポーツ選手の講演を聞くこと」などが有効であると考える。体罰ではない方法によって、競技技術を向上させなければならない。
なお、そうは言っても今の体質をすぐに変えるのは難しい。今度どのように体罰による指導を減らしていけばよいか。思うに、教育委員会など、内部組織が絡むと「体罰の隠ぺい」が起こる可能性がある。そこで、学校内に第三者による相談機関をつくることが有効ではないか。第三者機関が、「現在も体罰に悩んでいる生徒」の相談を聞き、この相談を通じて各部活動を監視・指導していく。
以上のように、目的と手段を改め、体罰ではない手段で、生徒の競技技術向上を図り、健全な学校教育が営まれることを望む。今回のような悲しい事件が二度と起きないように、教育現場を改善していかなければならない。
以上(約1120字)