今年一番のヒットな作品でした
気になった言葉をtwitterにメモメモ
メモがたくさんになりました
高校で受験用に漢文はやったけれど、論語に触れたのは初めて。
漢文を学んだ感じはありませんが、
孔子が弟子たちに伝えようとしたことのエッセンスをわかりやすく吸収することができました
高校生が感動した「論語」 (祥伝社新書)
同じ質問をいろんな弟子からされたら、その人に合わせて答えを変えていた孔子。
たった一つの正しいことなんて存在しなくって、
そこにいる人やあるものによって正解は変わるってことなんだと思う。
画一的な教育が推進されちゃって、
PISA型の学力テストの順位が高いことを教育の成果と捉えるような風潮に、
私は危機感を覚えます。
PISA型のテストが評価する学力が、果たして子供たちの人生にコミットしているのか。
修論のベースである、マーサ・C・ヌスバウムの提唱する『ケイパビリティアプローチ』では、
その人の『what to do』 『what to be』を基準にします。
潜在的にもつ能力とその能力を活かす環境の整備。
正解はその人が何に重きを置いているかで変わるという考え。
今ではだんだんと浸透してきた考えですが、
もう既に孔子が実践していたのか・・・と思いました。
教育って、奥が深い。
教育に関わる人、読むのをお勧めします
グッと来た言葉はたくさんありますが、ベストセレクションンはこちら。
「磨くというのは、欠点などを削り落とすという意味でなく、自分の中にあって、まだ埃をかぶっている長所を積極的に外にあらわすという意味なんですね」
「他人が自分を認めてくれないと嘆く者は多いが、自分が周りにいる他人の才能や長所に気づかないことを嘆くのが先だろう。他人の才能に気づく能力をみにつけてみなよ、そんな人物を世間が放っておくと思うかね。」
そして、昨日偶然にもゼミの先生に
「大なり小なり世界を変えなくては意味がない。」
「河野ゼミには革命家しかいらない。」
と言われ、ちょうど読んでいたところにこんな言葉が。
「世間に名を知られることが目的でないにしてもだ、生涯まったく名を知られずに終わるのは無念だと思うくらいでなくてはダメだよ。」
言葉は柔らかいが芯は一緒。
そして、
「あるお方が「あなたはどうして政治にたずさわらないのかね」と質問したので、「書経にも書かれているように、親孝行も兄弟との付き合いも、個人的な小さな行為に見えながらすべて政治につながることです。政治というと政治家や役人にならないとできないと考えるのは大間違いですよ」とご返事したよ。」
と、いう言葉も。
どこと「世界」と考えるのかは自分次第。
私の変えられる世界に精一杯向き合っていこうと思います

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高校で受験用に漢文はやったけれど、論語に触れたのは初めて。
漢文を学んだ感じはありませんが、
孔子が弟子たちに伝えようとしたことのエッセンスをわかりやすく吸収することができました

高校生が感動した「論語」 (祥伝社新書)同じ質問をいろんな弟子からされたら、その人に合わせて答えを変えていた孔子。
たった一つの正しいことなんて存在しなくって、
そこにいる人やあるものによって正解は変わるってことなんだと思う。
画一的な教育が推進されちゃって、
PISA型の学力テストの順位が高いことを教育の成果と捉えるような風潮に、
私は危機感を覚えます。
PISA型のテストが評価する学力が、果たして子供たちの人生にコミットしているのか。
修論のベースである、マーサ・C・ヌスバウムの提唱する『ケイパビリティアプローチ』では、
その人の『what to do』 『what to be』を基準にします。
潜在的にもつ能力とその能力を活かす環境の整備。
正解はその人が何に重きを置いているかで変わるという考え。
今ではだんだんと浸透してきた考えですが、
もう既に孔子が実践していたのか・・・と思いました。
教育って、奥が深い。
教育に関わる人、読むのをお勧めします

グッと来た言葉はたくさんありますが、ベストセレクションンはこちら。
「磨くというのは、欠点などを削り落とすという意味でなく、自分の中にあって、まだ埃をかぶっている長所を積極的に外にあらわすという意味なんですね」
「他人が自分を認めてくれないと嘆く者は多いが、自分が周りにいる他人の才能や長所に気づかないことを嘆くのが先だろう。他人の才能に気づく能力をみにつけてみなよ、そんな人物を世間が放っておくと思うかね。」
そして、昨日偶然にもゼミの先生に
「大なり小なり世界を変えなくては意味がない。」
「河野ゼミには革命家しかいらない。」
と言われ、ちょうど読んでいたところにこんな言葉が。
「世間に名を知られることが目的でないにしてもだ、生涯まったく名を知られずに終わるのは無念だと思うくらいでなくてはダメだよ。」
言葉は柔らかいが芯は一緒。
そして、
「あるお方が「あなたはどうして政治にたずさわらないのかね」と質問したので、「書経にも書かれているように、親孝行も兄弟との付き合いも、個人的な小さな行為に見えながらすべて政治につながることです。政治というと政治家や役人にならないとできないと考えるのは大間違いですよ」とご返事したよ。」
と、いう言葉も。
どこと「世界」と考えるのかは自分次第。
私の変えられる世界に精一杯向き合っていこうと思います
