今日は、にじいろキッズのママ&結の会の方と企業の方とで、
障がい者雇用についてのミニ座談会をしてきました
企業の方のご依頼で、この機会を設定したのですが、
障がい者雇用と特別支援教育で修論を書く私にとっても貴重な機会
あっという間の2時間の中には、
笑いと強いパワーを感じつつ、ふとした瞬間に目に光るものも。
感じるもののとても多い時間で、ちゃんと自分の言葉にできるようにしたくて、早速ちょっとまとめてみようと思いました。
長いけれどお付き合いください
葉山のママたちは、とにかくすごくパワーがあります。
どこからそんなパワーが湧くのか。
一緒にいながら、いつも疑問でした。
私が出会ってきた障がい児の保護者の多くは、悲壮感に満ち溢れていたから。
なんて声をかければ良いのだろうか・・・と、
考えれば考えるほど、どツボにはまってしまうことがこれまで何度もありました。
だけど、ここの人たちはちょっと違う。
『子供が障がい児であることを不幸だとは思っていない』
はっきりと明言するママたちの言葉には、
パワーがあって、強がりなんかじゃないってビシビシ感じます。
その理由と源を今日の座談会で見つけました。
その言葉は、私が探していたものでもありました。
私は元特別支援学校の教員ですが、
親戚とかご近所などの身近に障がい者の存在があったわけではありません。
小学校にも中学校にも支援級はそもそもなかったし、
同じクラスに障がい児もいませんでした。
親がボランティアに熱心だったわけでもありません。
むしろ私がボランティアを始めた時に、嫌な顔をしたくらい。
おばあちゃんは今でも、障がい者と一緒にいることに一定の抵抗を示しています。
かといって、反発心でやっているわけでもありません。
何が最初のきっかけだったのかは今となっては・・・よくわからない。
なんだったのだろうか。
ぽつぽつと思い出すことはあるけれど、どれもこれ!と言えるような理由ではない感じがします。
導かれるようにこの世界に近づき、どっぷり浸かって今に至る。
だから時々、
「どうしてこの分野に関心が?ご家族にいらっしゃるんですか?」
と聞かれると、かっこいい答えもできずにしどろもどろに。(別にカッコ良くなくてもいいんだろうけど、笑)
導かれただけ。
彼らが好きだから。
その程度のあいまいな答えを繰り返していたと思います。
でも、今日のママたちの話を聞いていて、その言葉の中にすごくしっくりくるものを見つけました。
『あの子たちに報いたい』
ママたちは、障がい児として彼らが生まれてきてくれたことによって、いろんなことに気付くことができたと言います。
言葉で伝えることが苦手なんだろうけれど、すごくメッセージ性の強いものを必死に訴えてくるわが子たち。
エゴが強かった自分に、「もうちょっと人に関わったら?」と言われている気がする。
そんなことを、感じていたのねと、気づかされたり。
常に、その瞬間には彼らの想いをキャッチしてあげることはできないけれど、
後になって、「あの時のはこうゆうことだったのか」と気づかされることがたくさんある。
自分たちは、彼らからたくさんのことをもらっている。
だけど・・・、君たちはそれでいいの?
ふと、そう思うらしいです。
状況把握が苦手なわが子たちにとって、この世界はとっても生きづらいしわかりにくい。
たくさん伝えてくれているけれど、わかってあげられない。
あなた一人、苦しんでいない?
あなた一人に背負わせてしまって、ごめんね。。と思う。
たくさんの幸せに気づけた今でも、
これに気付けなくてもいいから、この子たちが苦しまない人生はなかったのかと、
今も思うとも話していました。
だから私たちは、彼らの幸せを考えたい。
彼らに報いたいんだ。と。
時折詰まる声に、わが子への想いを痛いほどに感じました。
私には子を持つ親の気持ちは完全にはわかりません。
でも、担任をしている中で、私は完全に彼らをわが子のように思っていました。
時に、その想いは教師として失格だったのかもしれないとも思います。
彼らに感情移入しすぎて、教師という立場を超えていた部分もあるかもしれない。
でも、私は彼らに出会ったことで、本当に多くのことを学んだし、
彼らの想いと笑顔とに、言葉では言い表せないくらいの感謝の気持ちと幸せをもらいました。
そんな彼らに私は何ができるのか。
私にできること。
それは教師であることではないんじゃないかって、そう疑問に思って、気づいたら今のところに立っていました。
その選択肢を選んだ想いは、
「彼らに報いたい」
この言葉に集約できる気がしました。
私は、教師として彼らと一緒にいる時間がとにかく幸せでした。
毎日が楽しくて楽しくて。
でも、教師としては彼らが18歳になるまでしか関われない。
私は幸せだけど、私が彼らにしていることはなんなんだろうか。
欲望を制御して、健常者の世界に合わせるような生き方を教えている自分に、耐えられなくなってしまいました。
私は「彼らのために」教育できているのか?
自分の答えはNOでした。
だから、今の日々を選んだんだと思います。
彼らが気づかせてくれた幸せに、私も彼らに幸せを返すことで報いたい。
ふっと、気持ちが晴れたような瞬間でした。
たった2時間では語りきれず、この場にも書き表しきれないくらい、たくさんの言葉に出会った座談会でした。
また改めて、出会ったほかの言葉も残しておけたらなと思います。
にじいろキッズのHP
http://members3.jcom.home.ne.jp/niji-kids/index.html
結の会のFacebook
https://www.facebook.com/#!/yui77hayama

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障がい者雇用についてのミニ座談会をしてきました
企業の方のご依頼で、この機会を設定したのですが、
障がい者雇用と特別支援教育で修論を書く私にとっても貴重な機会
あっという間の2時間の中には、
笑いと強いパワーを感じつつ、ふとした瞬間に目に光るものも。
感じるもののとても多い時間で、ちゃんと自分の言葉にできるようにしたくて、早速ちょっとまとめてみようと思いました。
長いけれどお付き合いください
葉山のママたちは、とにかくすごくパワーがあります。
どこからそんなパワーが湧くのか。
一緒にいながら、いつも疑問でした。
私が出会ってきた障がい児の保護者の多くは、悲壮感に満ち溢れていたから。
なんて声をかければ良いのだろうか・・・と、
考えれば考えるほど、どツボにはまってしまうことがこれまで何度もありました。
だけど、ここの人たちはちょっと違う。
『子供が障がい児であることを不幸だとは思っていない』
はっきりと明言するママたちの言葉には、
パワーがあって、強がりなんかじゃないってビシビシ感じます。
その理由と源を今日の座談会で見つけました。
その言葉は、私が探していたものでもありました。
私は元特別支援学校の教員ですが、
親戚とかご近所などの身近に障がい者の存在があったわけではありません。
小学校にも中学校にも支援級はそもそもなかったし、
同じクラスに障がい児もいませんでした。
親がボランティアに熱心だったわけでもありません。
むしろ私がボランティアを始めた時に、嫌な顔をしたくらい。
おばあちゃんは今でも、障がい者と一緒にいることに一定の抵抗を示しています。
かといって、反発心でやっているわけでもありません。
何が最初のきっかけだったのかは今となっては・・・よくわからない。
なんだったのだろうか。
ぽつぽつと思い出すことはあるけれど、どれもこれ!と言えるような理由ではない感じがします。
導かれるようにこの世界に近づき、どっぷり浸かって今に至る。
だから時々、
「どうしてこの分野に関心が?ご家族にいらっしゃるんですか?」
と聞かれると、かっこいい答えもできずにしどろもどろに。(別にカッコ良くなくてもいいんだろうけど、笑)
導かれただけ。
彼らが好きだから。
その程度のあいまいな答えを繰り返していたと思います。
でも、今日のママたちの話を聞いていて、その言葉の中にすごくしっくりくるものを見つけました。
『あの子たちに報いたい』
ママたちは、障がい児として彼らが生まれてきてくれたことによって、いろんなことに気付くことができたと言います。
言葉で伝えることが苦手なんだろうけれど、すごくメッセージ性の強いものを必死に訴えてくるわが子たち。
エゴが強かった自分に、「もうちょっと人に関わったら?」と言われている気がする。
そんなことを、感じていたのねと、気づかされたり。
常に、その瞬間には彼らの想いをキャッチしてあげることはできないけれど、
後になって、「あの時のはこうゆうことだったのか」と気づかされることがたくさんある。
自分たちは、彼らからたくさんのことをもらっている。
だけど・・・、君たちはそれでいいの?
ふと、そう思うらしいです。
状況把握が苦手なわが子たちにとって、この世界はとっても生きづらいしわかりにくい。
たくさん伝えてくれているけれど、わかってあげられない。
あなた一人、苦しんでいない?
あなた一人に背負わせてしまって、ごめんね。。と思う。
たくさんの幸せに気づけた今でも、
これに気付けなくてもいいから、この子たちが苦しまない人生はなかったのかと、
今も思うとも話していました。
だから私たちは、彼らの幸せを考えたい。
彼らに報いたいんだ。と。
時折詰まる声に、わが子への想いを痛いほどに感じました。
私には子を持つ親の気持ちは完全にはわかりません。
でも、担任をしている中で、私は完全に彼らをわが子のように思っていました。
時に、その想いは教師として失格だったのかもしれないとも思います。
彼らに感情移入しすぎて、教師という立場を超えていた部分もあるかもしれない。
でも、私は彼らに出会ったことで、本当に多くのことを学んだし、
彼らの想いと笑顔とに、言葉では言い表せないくらいの感謝の気持ちと幸せをもらいました。
そんな彼らに私は何ができるのか。
私にできること。
それは教師であることではないんじゃないかって、そう疑問に思って、気づいたら今のところに立っていました。
その選択肢を選んだ想いは、
「彼らに報いたい」
この言葉に集約できる気がしました。
私は、教師として彼らと一緒にいる時間がとにかく幸せでした。
毎日が楽しくて楽しくて。
でも、教師としては彼らが18歳になるまでしか関われない。
私は幸せだけど、私が彼らにしていることはなんなんだろうか。
欲望を制御して、健常者の世界に合わせるような生き方を教えている自分に、耐えられなくなってしまいました。
私は「彼らのために」教育できているのか?
自分の答えはNOでした。
だから、今の日々を選んだんだと思います。
彼らが気づかせてくれた幸せに、私も彼らに幸せを返すことで報いたい。
ふっと、気持ちが晴れたような瞬間でした。
たった2時間では語りきれず、この場にも書き表しきれないくらい、たくさんの言葉に出会った座談会でした。
また改めて、出会ったほかの言葉も残しておけたらなと思います。
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