今日、院生室で話していて思ったこと。

教員志望のとある院生(Aくんとする)と話していたら、、

「こんなこと言ったら前田さんに怒られるかもしれないけど・・・
障がい児とどうやって関わったらいいのかわかんないです。
だから、特別支援の先生になろうって思えない。」

って、言われました。


怒るようなことじゃないよ~って思ったけど、
なんとなく、きっと本人はそんな自分を悪いと思っているんだろうなと感じました。


障がいのある人との関わり方がわかんないって、よく聞くフレーズ。

なんでみんなこんな風に思うんでしょうね?


かくいう私も昔はそう思ってたなーと懐かしく思います。


結論は、

「関わってみればわかる!関わる前にはわからない!」

です。


なんでかって考えたら、とっても当たり前のこと。


「障がい者」って考えると、なんだかすごく難しいような気がしちゃうけど、
これを健常者とのやりとりで考えてみれば簡単。

初めて会った方と、いつでも楽しく話をすることができますか?
数回会った相手に100%喜んでもらえるプレゼントをあげることはできますか?

相手のこと、わかっているようでわかっていなかった。
そんな経験をしたことがある人がほとんどだと思います。

障がい児/者だって同じこと。
障がいはあるかもしれないけれど、それはその人の一部であって、本質ではありません。

私が日本人であり、大学院生であることと同じような、一部の人に扱われるカテゴリーでしかありません。
車いすに乗っているから、段差のある場所には出掛けにくいってことは共通するかもしれない。
だけど、みんながみんな同じ性格だったら気持ち悪いでしょう(笑)
そんなこと、100%ありえません。

みんな、当たり前ですが、一人ひとり違う感情を持ち、違う価値観を持ち、個性があります。
障がいがあるなしに関わらず、「人」対「人」のやり取りです。

「車いすの扱い方がわからない。」
「視力が弱い人にどう配慮したらいいのかわからない。」
ってことはあると思います。

だけど、「障がい者との関わり方がわからない」って当然でしょ!

「アメリカ人との関わり方がわからない」なんて言わないのと同じなんです。

でも、なぜだか不思議。
障がいのある人たちに対してだけは、こうゆう風に思う人がとっても多い。
それだけ、障がいにばかり目が向けられてしまっているってことなんでしょうかね。。

障がいのある人にやさしくしなければいけないって考えも当たり前のように広まっています。

だけど、これってものすごくハードルが高い。。
私だって、人との相性があります。
どんな障がいのある人にも満足してもらえる関わりができるわけじゃありません。

なんとなく、相性が合わない。。と感じながら、
子どもと接していたこともあります。

ケンカしないことはできるかもしれないけれど、
みんなと仲良くするのは難しい。。

ってゆうか、障がいのある人にも、関わる人を選ぶ権利はあると思うんです
向こうだって人に好き嫌いあって当然だと思うんです。
だって、人間だもの。



スウェーデンでは、ダイレクトペイメント制度というものがあって、
障がいのある方は政府から資金のみ援助を受け、
雇用者としてヘルパーを雇用することができます。
当事者が、ダイレクトに雇用できる制度だから、ダイレクトペイメント制度。

つまり、自分の求める援助をこなせる人、相性のいい人を当事者が選ぶことができます。
日本では、ヘルパー派遣を通して行うため、必ずしも当事者の想いと合致するわけではありません。

彼らの生活にとって欠かせないヘルパーの支援を、
選べない時点で障がい者と健常者の関係は、対等じゃないんじゃないかって思います。
誰のための援助・支援なのか、、、まだまだ疑問はたくさんです。


どこから変えるべきなのか、って考えても正解はきっとないと思います。
でも、
どこからなら変えられるのか、って考えれば何かつかめるかもしれない。

少なくとも、昨日までのスポーツのイベントで、
一緒に活動していくことに可能性はすごーく感じました。

教育とか制度にいますぐ変われ!と叫んでもなかなか進まないけれど、
自分のフィールドでできることは必ずあるはず。

小さな一歩でも進んでいけば何かは変わるはず。
修論書きつつ、日進月歩で頑張ります

まずは、障がいのある子もない子も一緒に楽しめるイベントしたいな~
協力者、募集中です





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