自分の適職について考えている。
という名の逃避をよくやっている。私。
仕事って、
浮き世の大義名分な暇つぶし
だと思っているんだけれど(幸せですね)、
どんなふうに暇をつぶすのが一番いいのかなあ なんて。
結婚についても考える。
でも、なんていうかなあ。
適齢だから、そうする っていうのはどうなのかしら。
とかいいながら、
傍目から見たらすごく無難に生きて行きそう。
わたし。
自分の適職について考えている。
という名の逃避をよくやっている。私。
仕事って、
浮き世の大義名分な暇つぶし
だと思っているんだけれど(幸せですね)、
どんなふうに暇をつぶすのが一番いいのかなあ なんて。
結婚についても考える。
でも、なんていうかなあ。
適齢だから、そうする っていうのはどうなのかしら。
とかいいながら、
傍目から見たらすごく無難に生きて行きそう。
わたし。
カジュアルが似合わなくて、
モードは着こなせなくて、
コンサバがはまりすぎて、どんくさい感じになっている。
→それは毎朝の私です。
高校の制服みたいな(しかしけしておしゃれプレッピーとかではない)
超定番アイテムばかりを楽なためよく着てしまい、
けっきょくいつもなんだかダサいのです。
そう、よくわかってるの。
でもおしゃれアイテムはなんか、ちがうの。似合わないの。
という中、
シンプルそうな服でもこれをつければおしゃれだ!と思って
最近よく買っているのがpapillonner のアクセサリー。
夏・冬のセールを狙って
ピアスをモリモリと買ったりしてしまいます。つい…
上記のネックレスは、今年の冬セールでゲッチュ。
5000円ぐらいだったかなと思います。
ここのブランドは天然石がいつも素敵なデザイン。
はー、こんなアクセサリーをつけこなしたいよう!と思いながら
なんか、私合わせるのが下手くそでいつももてあましている(ダメだね)。
すごくデザインにキレとポリシーがあって、スタイリッシュで、
男受けがしなさそうなところがなんとも好みです。(笑)
東京タワーを初めて見たのはいつだったかな。
ドラマや映画であまりに象徴的に使われすぎて、
どれが自分の生身の体験だったかは忘れた。
たしか、中学生のとき、母親と来た東京旅行で、ライトアップされた遠くに見えるタワーを背に
写真を撮ったことは覚えている。
きれいだった。
でも忘れられないのは、会社に入って、新人研修中に
営業先に向かうタクシーの中から見た、
地面から生える巨大な赤い鉄骨の根本。
先輩と私たち同期数名の相乗りタクシーは芝大門のあたりを駆け抜けながら、
その異様な鉄骨にはなんのコメントも発しなかった(仕事の話を聞いていた)。
私は内心で軽くカルチャーショックを受けた。
東京の人はこの光景が日常なんだと思って。
東京タワーをめぐる数々の抒情的な物語や歌がヒットして、
そこから生まれる心の動きが
この建物に大きな意味や象徴性を与えていることもあると思うけれど、
そうでなくとも、見る人の胸に必ず迫るこの異形の赤い大きなタワーを
日常として生きる街に私は来たのか、 と その時とても強く意識したのを覚えている。
何か一つの到達点 のようなものに感じたのかもしれない。
(それがいわゆる、東京タワーに関する創作(地方出身者の)の中の多くのモチーフだけれども)
それから、しばらくあって、
最近は東京タワーの近くの街に住んでいる。
都会だし、いい場所だ。
まるで自分がとても成功したかのように感じる。(錯覚です)
休みの日には、六本木ヒルズに映画や展示を観に行く。
テラスから、東京タワーが見える。
ここからだと小さいけれど、やはり誇らしげに立っているように見える。
赤色のパワーは強い。
最近は省電力のため、夜のライトアップはないが、
青空に澄んだタワーの姿は、どこまでも力強い。
あと何カ月かで、この街を離れることになっている。
細かいさみしさは沢山あるものの、
一番無念なのが、東京タワーを見られなくなること。といっても過言ではない気がしている。