孤独 | 東マグロさば男の日記




世の中が便利になり、コミュニケーションを取りたい人とすぐに連絡が付き、気になる人が今、何しているかを知るのも容易となった。


昔の人が感じていた不安や寂しさを感じることが減った世の中。



もちろんそれは進歩なのは認める。



だが、何でもかんでも知れてしまうのは良いことだろうか?
何をしているか、想像を巡らすことは不毛だろうか?
常に外部と繋がっているのは素晴らしいことだろうか?



会えない時間が、会えた時間をより素晴らしいものにすると思うし、繋がれない時間が繋がれることそのものを幸せなものだと感じさせてくれる、きっかけになると思う。



そして孤独な時間こそが個性をツクル時間だと思っている。


常に誰かとグループでつるんでる人と、ふとピンで話したりして話しを聞いてみると個性、思想、意思が弱い印象を受ける。
つるんでる人は意思決定する機会が極端に少ないからと、不毛なことを考える時間も少ないからだ。



人は孤独と退屈に弱い。
そして嫌う。



だから不本意でも、望んでなくても、とりあえず誰かといて退屈を紛らわせ、孤独を感じないようにする。


悪いことではまったくない。

だが、こんな繋がりやすい世の中にありながら、孤独と時には向き合ってみても悪くはないのではないのかな?
と思う。


繋がりのある喜び、そして孤独な時間の質を向上させることによって、今ある繋がりの正常な価値判断にも通じて来るのだから。