ふと。
他人に対するハードルを下げろ、と言われたことがあるのを思い出した。
いつだったかなぁ。1年ちょい前ぐらいかなぁ?
そん時に、「そのままだとお前いつか身体か精神壊すぞ」
って言われてたんだよねぇ。
当たっちゃったわけだw
未だに、そのへんのバランスの取り方がうまくない。
って思った。
昔と違って、客観的に見て自分が悪いところは謝ったり、
改善する努力はしている。つもりだ。
きちんと人と向き合わず、逃げてばかりで、
自分の言いたいことだけはキッチリ主張して、
その結果大事な人間を傷付けた。
二度とそういうことはしたくない。
だから、人には、大事な人間には特に、
誠意を持って対応するよう心がけている。
その結果、人にはっきりとモノを言えないようになることも増えたが、
それでも、自分の行動や言動に責任を持つことは覚えた。
そう努める中で、自分が逆の立場になることもあった。
心無い言葉で傷付くことも、悲しくなることもあった。
あの頃の自分はこういうことをしていたんだな、と思って
余計に自分を律するようにしている。
それだけ、自分の中でその過去の出来事が大きかった、ということ。
話は冒頭に戻り。
人に対するハードルを下げる、とはどういうことか。
簡潔に、語弊を恐れずに言えば、人に期待しすぎるな、ということだ。
自分が相手ではないように、相手は自分ではない。
であるならば、自分がどう考えているかは
ノットイコール相手の考えていることであり。
つまるところ、人間誰しも個々の思想や考え方の違いがあるのだから
能力その他諸々個々の違いは当然そこには存在する。
そこで俺の悪いところ。
自分に課したものをいつの間にか人にも課している。
俺にできること/出来ないこともまた人とは違うのだから
そこは同一視してはいけない。
それだけは絶対に守らなければならないルールである。
だって相手は自分ではないのだから。
自分に課したルールを相手に適用するのは、
慎重な判断の結果それが必要であると合意されたものに限るべきである。
これは自分が注意すべきところ。
そういう意味でも、「人に対するハードルは下げ」ろ、と。
とはいえ。
俺が自分の弱さ/欠点に気付き、修正しようとしている以上、
同じようなことをしている人を見るとどうしても注意したくなる。
同じ目に遭ってほしくないから。
こういう言い方はちょっとアレだとは思うが、
知らず知らずに人を傷付けていたことに気付いて傷付くこともあるのだ。
悲しかったし、恥ずかしかったし、なにより、
それ以上に申し訳なかった。
その傷付けた人は、今も変わらず俺と仲良くしてくれている。
俺が自己改革をきっちりしていこうと決めたのは、その贖罪のためだ。
これ以上、大事な人を傷付けたくない。
思うに、自己主張の激しい人。
自分はこういう人間だ、これが好きでこれが嫌いだ、と
日常的に公言してやまない人というのは、
その分だけ人の意見を聞かない傾向にある。
さらに言うならば、主観と客観の切り分けができない。
自分の考え方と、世間的な考え方と、
折り合いをつけてうまく世を渡っていく、ということができないのだ。
非を認めないのは、百歩譲ってしょうがないとしよう。
自分が納得できない指摘を認めるというのは矛盾しているから。
しかしながら、その指摘や注意に対してレスポンスがなく、
相手がそれについて考えた節がその後の言動や行動から読み取れない場合。
繰り返し繰り返し、
やんわりと指摘したとしても。
やんわり指摘したのが間違って伝わったのか、
どう言っても直してくれないとき。
イヤなことを、できる限り納得してもらえるように説明した上でも、
それに対する明確な返答がなかったとき。
と思えば、自分の主張ばかり繰り返され、
こちらが折れるまで、不機嫌を貫かれたとき。
どうして良いか、わからなくなる。
その人への期待を、捨てたくはない。
ちゃんと話せばわかってくれる、
人にはそう思っていたい。
せめて、こちらの言うことに穴があれば指摘してもらって、
双方で納得できる形で、キチンと整理をつけたい。
コイツに言っても無駄だと、諦めたくはないのです。
その分のストレスを、抱え込みたくもないのです。
どうしたら聞き入れてくれるのか、
せめて、聞く耳を持って、誠意を持って対応してくれるのか。
結局は、相手が自分の話を聞く姿勢を持ってくれるかどうか、
そこに集約はされてしまうのだけども、
俺ができること、
例えば話し合いの場を整えておくこと。
相手の意見も冷静に受け止め、
自分の都合の良いようにではなく、公正な目で判断をすること。
そういうことは、しておきたい。
相手のことを理解したいし、尊重したい。
と同時に、自分のことも理解してほしいし、尊重してほしい。
理解しあって、思いやり合う関係を、
長く長く続けていきたい。
なのに、「人に対するハードルを下げる」とはこれいかに。
非常に、迷っております。
他人に対するハードルを下げろ、と言われたことがあるのを思い出した。
いつだったかなぁ。1年ちょい前ぐらいかなぁ?
そん時に、「そのままだとお前いつか身体か精神壊すぞ」
って言われてたんだよねぇ。
当たっちゃったわけだw
未だに、そのへんのバランスの取り方がうまくない。
って思った。
昔と違って、客観的に見て自分が悪いところは謝ったり、
改善する努力はしている。つもりだ。
きちんと人と向き合わず、逃げてばかりで、
自分の言いたいことだけはキッチリ主張して、
その結果大事な人間を傷付けた。
二度とそういうことはしたくない。
だから、人には、大事な人間には特に、
誠意を持って対応するよう心がけている。
その結果、人にはっきりとモノを言えないようになることも増えたが、
それでも、自分の行動や言動に責任を持つことは覚えた。
そう努める中で、自分が逆の立場になることもあった。
心無い言葉で傷付くことも、悲しくなることもあった。
あの頃の自分はこういうことをしていたんだな、と思って
余計に自分を律するようにしている。
それだけ、自分の中でその過去の出来事が大きかった、ということ。
話は冒頭に戻り。
人に対するハードルを下げる、とはどういうことか。
簡潔に、語弊を恐れずに言えば、人に期待しすぎるな、ということだ。
自分が相手ではないように、相手は自分ではない。
であるならば、自分がどう考えているかは
ノットイコール相手の考えていることであり。
つまるところ、人間誰しも個々の思想や考え方の違いがあるのだから
能力その他諸々個々の違いは当然そこには存在する。
そこで俺の悪いところ。
自分に課したものをいつの間にか人にも課している。
俺にできること/出来ないこともまた人とは違うのだから
そこは同一視してはいけない。
それだけは絶対に守らなければならないルールである。
だって相手は自分ではないのだから。
自分に課したルールを相手に適用するのは、
慎重な判断の結果それが必要であると合意されたものに限るべきである。
これは自分が注意すべきところ。
そういう意味でも、「人に対するハードルは下げ」ろ、と。
とはいえ。
俺が自分の弱さ/欠点に気付き、修正しようとしている以上、
同じようなことをしている人を見るとどうしても注意したくなる。
同じ目に遭ってほしくないから。
こういう言い方はちょっとアレだとは思うが、
知らず知らずに人を傷付けていたことに気付いて傷付くこともあるのだ。
悲しかったし、恥ずかしかったし、なにより、
それ以上に申し訳なかった。
その傷付けた人は、今も変わらず俺と仲良くしてくれている。
俺が自己改革をきっちりしていこうと決めたのは、その贖罪のためだ。
これ以上、大事な人を傷付けたくない。
思うに、自己主張の激しい人。
自分はこういう人間だ、これが好きでこれが嫌いだ、と
日常的に公言してやまない人というのは、
その分だけ人の意見を聞かない傾向にある。
さらに言うならば、主観と客観の切り分けができない。
自分の考え方と、世間的な考え方と、
折り合いをつけてうまく世を渡っていく、ということができないのだ。
非を認めないのは、百歩譲ってしょうがないとしよう。
自分が納得できない指摘を認めるというのは矛盾しているから。
しかしながら、その指摘や注意に対してレスポンスがなく、
相手がそれについて考えた節がその後の言動や行動から読み取れない場合。
繰り返し繰り返し、
やんわりと指摘したとしても。
やんわり指摘したのが間違って伝わったのか、
どう言っても直してくれないとき。
イヤなことを、できる限り納得してもらえるように説明した上でも、
それに対する明確な返答がなかったとき。
と思えば、自分の主張ばかり繰り返され、
こちらが折れるまで、不機嫌を貫かれたとき。
どうして良いか、わからなくなる。
その人への期待を、捨てたくはない。
ちゃんと話せばわかってくれる、
人にはそう思っていたい。
せめて、こちらの言うことに穴があれば指摘してもらって、
双方で納得できる形で、キチンと整理をつけたい。
コイツに言っても無駄だと、諦めたくはないのです。
その分のストレスを、抱え込みたくもないのです。
どうしたら聞き入れてくれるのか、
せめて、聞く耳を持って、誠意を持って対応してくれるのか。
結局は、相手が自分の話を聞く姿勢を持ってくれるかどうか、
そこに集約はされてしまうのだけども、
俺ができること、
例えば話し合いの場を整えておくこと。
相手の意見も冷静に受け止め、
自分の都合の良いようにではなく、公正な目で判断をすること。
そういうことは、しておきたい。
相手のことを理解したいし、尊重したい。
と同時に、自分のことも理解してほしいし、尊重してほしい。
理解しあって、思いやり合う関係を、
長く長く続けていきたい。
なのに、「人に対するハードルを下げる」とはこれいかに。
非常に、迷っております。