残された92歳の父は耳も遠くなっていますが、今は一人で暮らしています。
一人暮らしで一番気になるのは、食事と身の回りの片付けとゴミの処理です。
身の回りに物が散乱しゴミもたまっていると一層気がめいりますが、
きちんと部屋は片付けられ物も散乱していませんでした。
食事も歩いて5分のところにスーパーがあるので、
いつでも気軽に買い物へ行くことができます。
義父に「普段は何をしているの?誰かとお話する?
サロンというのがあって人が集まるそうだけど・・」
たずねてみると、
「時々、畑に行ったりしているけどね。サロンはある事はあるけど、
男性は少なくて、ほとんど女性ばかり。
お茶を飲んだり、話をしたりするらしい、おばあちゃんが行っていたけど、
私は行きたくない。」
「そうですか・・。男性は肩身が狭くなるよね。
ただ、サロンはお茶を飲むだけじゃなくて、
歌を歌ったり、ものを作ったり、警察官が来て防犯の話もしてくれるそうよ。」
「ふーん、そうなの。また、考えてみるよ。」
90歳以上になると友人、知人も減っていき寂しさが募るばかりだそうです。
日中の時間もてあまし、むなしく過ごしているのではないかと気になります。
法要に来てくださった85歳の叔母も、
「行くところがないからサロンに行って時間をつぶしているのよ。」
とおっしゃっていました。
元気で長生きできることはすばらしいと思っていましたが、
現実を目のあたりにすると、元気で長生きをすることが
果たしてその方のためになっているの?と考えてしまいます。
孤独に耐えられないけれど、知らない人とかかわるのが苦手な方は、
どうやって時間を使えばいいのでしょう。
子供たちも、それぞれ遠くで居を構えているのでそう簡単に
田舎に戻ることは出来ません。
故人の宇野千代さんや、柴田トヨさんのような創作活動をする方はなどは
お亡くなりになる最後まで生きる意欲をもたれていたと思います。
私たちは先輩方の生き方から学ぶことが多いので、
義父にはぜひ自分自身で喜びを見つけられるもの、
生きがいを探して充実した生を全うしてほしいと思うといます。

私自身も人生の終わりを意識しながら、
一日一日、やりたいこともやりながら生きていこうと思います。