めぐです。
テレビや新聞、世界の
様々なニュースや状況を
みて、「可哀想」という言葉を
放つとする。
本当にその人にとってその事は
可哀想なのか?と思ったら
そうでもない。
「可哀想」と思っているのは、
言った本人であり、相手は
さほど、思っていないかもしれない。
発展途上国での暮らしを
テレビでみて、「可哀想」という
言葉は、その国の暮らしに
対しての敬意もなければ、
非常に失礼な言葉である。
みんなそれぞれの立場で
一生懸命生きている。
それを簡単に「可哀想」という
言葉で返すのは、違うと思う。
「可哀想」の代わりに
「素晴らしい」と
言葉を変えるだけでも、
相手に対する
敬意が生まれる。
「可哀想」の言葉は、
自分をどんどん可哀想な人に
導いていく氣がする。
「素晴らしい」の言葉は、
自分も相手も素晴らしいものに
変えていく氣がする。
どんなに大変な状況、困難な状況でも
どういう視点で観るかで、
事態は変わる。
自分が常に使っている
言葉が、どういう視点なのか
日々自分に問い続けている。
「可哀想」→「素晴らしい」の
視点で物事を観るとき。
さあ、わたしの目の前に映る
景色はどんなものだろう💛
❤️thank you for today❤️