田中角栄が総理大臣だったころ、日中国交正常化が行われました。
そして、中国国際航空が成田へ乗り入れることになりましたが、台湾の航空会社である「中華航空」とは「同じ空港で肩を並べるのは絶対いやだ。」とダダをこねました。
そのため、中華航空は羽田発になりました。
普通なら、中華航空が反発するはずですが、利便性の高い羽田発の方が集客上有利ということで受け入れました。
中華航空はバンコクへも乗り入れていて、羽田から台北経由でバンコクへよく行きました。
当時の国際線ターミナルは中華航空のみだったので、こじんまりしていました。
国内線ターミナルからは歩いていくことはできず、専用のバスに乗っていきました。
遠くに見える機体は今はなくなった JAS の A300 機です。
搭乗待合室と免税店。
実にこじんまりとしていました。


