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文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

あけましておめでとうございます

初夢、どんな夢を見ましたか?

覚えてない人も、人に言えないようなエッチな夢を見た人も、いろいろだと思いますw

ところで夢って何でしょうね?


昼間に会ったいろんなことを脳が寝ている間に記憶の整理をしていて、それでその映像的断片が夢として見た錯覚を夢という


これは日常的な出来事を夢で見たりした場合で、多分感情的に大きな揺らぎがないからほとんどの場合覚えていないのではないかな?


潜在的に不安に思っていること、こうなったらイヤだなと考えていることを脳内で疑似体験させて精神的ショックに耐えられるようにする。その作用を夢という

いわゆる悪夢、怖い夢なんかがそれだよね

なんとなくこのあたりまでは論理的に理解できるよね

でも、夢って論理的に解釈できないようなこともあるよね

たとえば夢の中で誰かと話をするのだけれど、その誰かにばったり会うと、同じような夢を見て、同じようなことを話したとか・・・夢の中で人の意識がつながることがあるみたいな体験をしたことがあるという人の話しを何度か聞いたことがある

夢は無意識の世界。人の精神世界。

う~ん


ちなみに僕は創作に行き詰まったり、迷ったり、いまひとつ情景が頭の中で整理できていないときに、わざと転寝(うたたね)をします

そうすると夢の中で勝手にその場面が見れたり、まったく想定していなかったストーリー展開をみせられてりするのね

これはもちろんある程度登場人物や世界観がきっちりした物語――つまりは連載物でないと使えない手法なんだけど、本当に夢って不思議ですよね


というお話で、2012年の最初の書き込みは『夢』にまつわるお話でした


本年もよろしくお願いします!

今年は、たくさん作品を書いたけど、たくさん読んだ年でもあった。

たくさんといっても、人のそれとは違って、僕は本当に本を読むのが苦手で、おそい。

夢枕縛とスティーブン・キングだけは別なのだが、ともかく活字を読むのが苦手なのだ。


人に薦められて京極夏彦の『姑獲鳥の夏』は衝撃的だった。

感動とか関心とかそういうのじゃなくて

『なんだコノヤロー!』という感じ。


僕のやりたいことを先取りし、僕の欲しいものをすでに持っている。

獏やキングはあこがれるけど、それとはぜんぜん違う感覚を始めて覚えた。


同時期に読んだ『夜は千の目を持つ』は、その意味ではとても僕によい刺激をくれた。僕は僕の作風を作り上げていかなければならないという前向きな感触

で、その後になぜかラヴクラフトw

いや、彼の作品を読もうとしたわけではない。

『フランケンシュタインの子供』という『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリーの短編や、人造人間にまつわるその他の作家の作品を集めた短編集の中にラヴクラフトの『死体蘇生者 ハーバート・ウエスト』という作品が収められており、この作品が今年の読み収めとなってしまった。


いや~、なんというか僕には書けない世界観がそこにはあった。
多分彼の……ラヴクラフトの頭の中にはその作品の『地獄図』がイメージとして最初からあるんだろうな。そこに向かっての物語を紡いでいく作業。当然最期は地獄絵図。奇奇怪怪である。
僕にはそこは通過点で、必ず希望の持てる最後を書く。希望があるのではなく、持てる最後ね

だからバッドエンドでも、そこですべてが終わりじゃない
狂気に至らない選択肢を読み手に必ず与える
そうでないと、僕の心が持たない

僕は弱虫なのだ

しかし、ラヴクラフトは違う

狂気を狂気のままで描ける

そこが…・・・すごいかどうかはともかく、僕とは違うのだと思った

しかし、作品を読んだ後、なんともいえない快感がある

きっと、僕にも狂気の入り口は見えているのだろう

人間が誰しも持っている狂気、そして凶器

で、狂喜だ


想像で描く狂気など、現実にある狂気に比べれば、他愛のないものさ

ラヴクラフトはそんなふうに考えている人ではなかったのだろうか?


フランケンシュタインの子供 (角川文庫―角川ホラー文庫)/メアリー シェリー

¥693
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文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)/京極 夏彦

¥840
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クリスマス・イブ

で、明日はクリスマスで新月=朔夜です

ということで新作連載開始です!

『朔夜~月のない夜に


今回は直接、こちらのサイトにも物語を掲載しますね~


舞台は中世ヨーロッパの深い森の中、傷ついた一匹の銀色の狼と美しい金髪の少女が出会うところから物語りは始まります。

そう、この物語は狼男と赤ずきんのお話……


『朔夜~月のない夜に』 
 第1章 運命の二人

  第1話 闇の眷属



 我は、闇の眷属なり。我、月の灯りとともにその姿を獣と変え、地を走り、闇を切り裂き、血を求めるなり。我の血は、神の理に叛き、闇に生き、光を忌み嫌うものなり。

 人の言う。闇に落ちた魂は、卑しく、さもしく、汚らわしく、醜く、おぞましく、人の忌み嫌うものなり。

 我、それを知らず。我、それを解せず。我、それを省みず。我、それを語らず。我、それを是とせず、非ともせず。

 我、あるがままにある。ないものがないように我はそこにあってほかのどこにもない。我の血は我の血であって、人のそれにあらず。我は、闇の眷属なり。人と相容れず、相まみえず。相まみれれば、切り裂き、噛み千切り、喰らい、血をすするのみ。

 我は、闇の眷属なり。我、月明かりに吼え、闇に潜み、闇に潜り、闇に疾走し、闇に疾駆する。人に出会えば人を喰らい、神に出会えば神を汚す。闇に生き、光を忌み嫌うものなり。

 人の言う。闇に潜むものは、大きな目、大きな耳、大きな鼻、大きな口、大きな爪を持ち、闇に迷い込んだものを喰らうのだと。さにあらず。我の眼(まなこ)は、月を捜すためにこそあり。我の耳は風の音を聴くためにこそあり。我の鼻も我の顎(あぎと)も生きるためにこそあれ、殺すためにあるものにあらず。大きな爪も大地を駆けるためにこそあり。

 我、望まず。月の光の命のまま、我の血の欲するままに闇を疾駆するのみ。我、拒まず。月の光の命のまま、我の血の欲するままに咆哮するのみ。我駆けるところに人の血が流れるのも定め。我吼えるところに人の命尽きるのも定め。

 我は、闇の眷属なり。

 我は、闇の眷属なり。

「狼さん、大丈夫? 痛くない?」
 森の奥深く、一人の少女が怯えながら、震えながら立っている。その足元には、酷く傷ついた若い狼が横たわっている。普通の狼とは違い、その獣毛は、灰色というよりは銀色に輝き、風になびくほどに細く繊細である。

「大変、血がいっぱい出てるわ。なにかで、血を止めないと……」
 少女は頭に被っていた赤い頭巾を取ると、恐る恐る狼に近づいた。

「ウルルルゥルルゥ……」
 少女が近づく気配に、傷ついた狼は必死に抵抗をしようとするも、体が思うように動かない。そればかりか意識は途切れる寸前である。あまりにも多くの血が流れてしまった。このままでは死は免れようのないものとして、狼に訪れるであろう。

「大丈夫。大丈夫だから、私に任せて。出血を止めないと、助かるものも助からなくてよ」
 少女は震える足で、一歩一歩、傷ついた狼を刺激しないように慎重に近づき、横たえる狼のすぐそばまで来ると、静かに腰を落とした。
「ほら、大丈夫。怖くないわ。お願いだからおとなしくしてちょうだい。動くと余計に傷口が開いてしまうわ」

 赤い頭巾を取った少女の髪の毛が、木漏れ日を浴びて美しく輝く。気持ちの良い風が、森の中を駆け抜け、金色の髪が静かになびく。傷ついた狼は薄れ行く意識のなかで、その美しい光景を眺めていた。そして生まれてはじめて美しいものを美しいと思うことができた。

「傷口はここだけかしら……猟銃で撃たれたのね。弾を取り除いて傷口を塞げば助かるかもしれないわ」
 銀色の狼は、後ろ足のモモの辺りから血を大量に流していた。良く見ると血の吹きだしている穴にどす黒い塊が見える。弾丸のようだ。少女はそれを取り除き、止血しようと言うのだ。

 ニンゲンよ……我に触れれば、汚れることになる。我の魂は闇に落ちたもの。我の血は人の魂も汚すほどの邪悪なものよ。我、ただの狼にあらず。人の言う。我ウェアウルフなり。闇の眷属にして、神に背を向け、闇に生きるものなり。

「狼さん、お願い。少しの間我慢してね。私に噛み付いたりしないでよ。悪いけど、その大きなお口は私にも恐ろしいの。弾丸を抜くまでの間、おとなしくしてもらうためには仕方がないのよ」
 そういうと少女は頭巾にしていた布を狼の口に巻き、縛り付けた。銀色の狼は抵抗する素振りを見せたが、もはや少女の力にさえ抗うことができぬほどに弱りきっていた。そして少女は狼の大きな鼻先に顔を近づけ、狼の目を見ながらこういった。

「狼さん、よく聞いて。その大きな耳でちゃんと聞きなさいな。いいこと、これから私がすることは、とてもとても痛くてよ。もしかしたらあなたはその痛みに耐え切れずに死んでしまうかもしれないわ。でも、その痛みに耐える事ができれば、あなたは助かる事ができるかもしれない。ほんのわずかな可能性でも、それに賭けてみる気はあって?」

 銀の狼は少女の美しい声に癒され、少女の若々しい香りに静められ、少女の美しくも力強い眼光に心奪われた。
「その気があるのなら、尾っぽを振るなり、耳を動かすなり、瞬きをするなり声を出すなりして御覧なさいな。さぁ、あなたは『生』を望むの『死』を望むの?」

 ニンゲンよ。我に問うか?我に生きるか死ぬかを問うというのか?

 我、闇の眷属にして、神に背を向け、闇に生きるものなり。

 我に望むも望まざるもない。

 我、月の明かりの命のまま。我、汚れし血の欲するままに……

 これも、運命か。

 今宵は朔夜にて、月の光見えず。汚れし血は流れ出し、何も欲するところがない。

 我……我は望むことを知らず。

 ニンゲンよ。好きにするがいい。そなたにわが身を任せようぞ。

 銀の狼は、尾を一度だけ動かし、耳を一度だけ立て、瞬きをし、かすれるような小さな声で鳴いた。

「覚悟はできているようね。いいわ。私に任せなさいな。あなたを死なせやしないわ。もう誰も、私の目の前で死なせたりするものですか」



第1章 第1話 終わり

第2話につづく


22日から名古屋出張、で、23日は浜松で、仕事

よーやく終わりました

これから、楽しい仲間たちとクリスマスパーティーな訳です


えーっと、もちろん家族には仕事 出張と言ってあります

内緒です

内緒に決まってますから、どうか内緒にしてくださいw



もちろん24の夜には家に帰ります
25日は家族一緒に過ごしますとも


だから、今年のクリスマスくらいは

パパにもプレゼントってことで、許してよ~ん


で、今、みんなと合流する前に時間があったので、創作活動をがしがしやっております

今年のクリスマス

12月25日は朔夜=新月なんですねー

月があるのに見えない夜

で、僕が今、仕込んでいる創作物っていうのが、その朔夜の話

月があるのにない夜

狼男は、狼にならずにいられる夜

そんなイメージからいろいろ妄想していって、理屈をこねて、ようやく書き出せそうです


タイトルは『朔夜~月のない夜』(仮)

で、最初の第一話を、明日アップしようと思います

今日はまず、その朔夜のイメージを僕がもらったこの曲を紹介します

大阪のアコースティックデュオ
Frame で『朔夜』です!




夜は千の目を持つ (創元推理文庫 M ア 1-4)/ウィリアム・アイリッシュ

¥882
Amazon.co.jp


読み始めたきっかけは、まさにひょんなことからだったのです。

Cindyさんの『夜は千の目を持つ』
http://ameblo.jp/danae-gold/entry-10975209944.html

ジョン・コルトレーンのこの曲は「The Night Has A Thousand Eyes」という映画のサウンドトラックとして、書かれた曲らしいのですが(実際には映画では使われなかったそうな)、なんとなく僕の中で引っかかって、それで結局その本を買って読むことにしました。

これが面白い


僕は大体が推理小説というものにはそれほど興味はない人です

この『夜は千の目を持つ』は、推理小説として紹介されるのは、どちらかというと気の毒な感じがします

こういうのは適切なカテゴリーがない


若い刑事が自殺をしようとしている娘を助けるところから物語りは始まります

前半、なぜ少女が自殺をしようとしたのか、数日前までの出来事の娘の告白という形で、物語は進んでいきます。

それによると娘の父親は獅子によって殺されると予言され、そのことに悲観した彼女は自殺を企てたというのです。

そんな馬鹿な話があるものか――きっと何か裏があるはずだ

若い刑事は、娘を助けるべく、預言者の捜査と彼女の父親の護衛に当たります

娘と父親が予言を信じるに至ったいくつかの予言、そのいくつかでもトリックを明かすことができさえすれば、この事件の仕掛けもわかるかもしれない

しかし、調べれば調べるほどに、自体は信じられない方向に向かっていき・・・


謎解きの醍醐味のようなものはこの作品の中にはありません

もちろん読者は、どんなからくりがあるのだろう? といろいろと考えをめぐらせながら読み進めたほうが面白いでしょう。そしてそれは、見事に裏切られていきます

ロジカルな捜査によって暴かれる事実とその方法では理解できないような真実

そして真実の扉は硬く閉ざされてしまう


こういったすべてがすっきりしないお話がすくではない人には向かない作品 僕はわりと好みです


刑事に銃口を向けられ、彼は言います

「そんなものでわたしをどうすることもできない。まだわたしの最期はきていない」

刑事は威嚇の一発を彼の頭スレスレのところに打ち込みます。しかし彼はひるみません

刑事は彼の動きを止めるために足に向かって発砲します。しかし、なぜか弾丸は発射されません

不発――そんな馬鹿な

刑事はついに彼の頭に銃を突きつけ、引き金を引きます。しかし結果は同じ

不発など一度も経験したことのない刑事は、あまりの恐ろしさにひざをついてしゃがみこんでしまう



なにかこうゾクゾクしてきますよね
理不尽であったり、不可解であったり、そんな出来事の前に、取り乱し、我を忘れてしまう人間の瞬間を描く作品というのは、「ありえない」とか「子供だまし」とか言われるかもしれませんが、僕にはむしろ、そのほうがリアリティであって、現実から、非現実的な現実に人の感覚が飛躍するには、そのほうがスムーズだと思っています。

ウィリアム・アイリッシュ これはもう何冊か読んでみたいですね