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文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

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6日目


ゲット・ザ・ナック / THE KNACK

 

 

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布団の中にラジオを持ち込んで、オールナイトニッポンやセイヤングを聞き出したのは小学生4~5年生の頃

ラジカセにふとAM/FMというボタンを見つけて、いじってみる・・・AMと違ってFMは番組が少ないんだ
ふとあったチャンネルからきこえてきたのがナックの『マイ・シャローナ』でした

 

人生初の音楽での鳥肌体験でした
打ちひしがれましたよ
なんだ、これ
こんな音楽がこの世の中にあるんだ!

というレベルの衝撃
 

でも、当時の僕にはその曲名もバンド名もまるでわからなくて、その衝撃だけが残ったまま、中学生でついに本格的に洋楽に目覚めます

そしてあの伝説のテレビ番組『ベストヒットUSA』のタイムマシーンのコーナーで再びこの曲に出会ったときの衝撃!

 

あああああ!
これだーーー!

早速中古のレコード店に足を運び買おうと思ったら・・・
通常1枚1000円前後で取引されているLPレコードがなんと500円以下で売られていました

 

つまりですね
ぱーっと売れて、そのあと見向きもされなくなったってことなんですけどね

 

僕がこのアルバムから学んだことは
一発屋であろうがなんであろうが、いいものはいい!
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#ビートルズの再来 #ままままいーしゃろな #ベストヒットUSA #FMラジオ #TheKnack #MySharona #一発や #一発でも当てれば勝ち #本当にいい物でなければ一発も当たらない

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5日目

 

We are / オフコース(1980年)

 

 

 

 

 

オフコースを『さよなら』のヒットで知ることになったのは1979年

僕が洋楽に出会ってかぶれる隙間に出会って、衝撃をうけたのが、ヒット曲Yes、Noを収録したこのアルバム

意外に思うかも知れませんが、あの『さよなら』ってシングルだけなんですよね


オリジナルアルバムには収録されていなくて、We areの前のライブアルバム『Live』に収録されているのよね

このアルバムってはっきり言うと洋楽そのものです


なぜ、そうなのかって言うとミキサーにTOTO、ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダンなど多くのミュージシャンのプロデュースやミキシングを手掛けたビル・シュネーを起用しているのよね

 

これってもう、海外でレコーディングとかそんなことよりも、全然洋楽ってことなのよね

僕の場合はこのアルバムを聞いてからスティーリー・ダンに出会い、TOTOに出会うわけですからね

特に1曲目の『時に愛は』のアレンジは秀逸
いっきにアルバムの世界観に入り込めます

 

特にA面最後の鈴木康博作詞作曲の『いくつもの星の下で』は最高のバラードです

B面1曲目の『一億の夜を越えて』はジャーニーを彷彿させるようなロックナンバー

そして作詞:大間仁世・松尾一彦、作曲:松尾一彦の『せつなくて』はこの作品最高の見せ場かな
この曲から『Yes、No』の流れはもう完璧です

 

この作品は間違いなく洋楽

是非利いてみてくださいね

 

僕がこのアルバムから学んだことは
作詞、作曲、演奏だけではアルバムのよさは決まらない
でした

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#オフコース #ビルシュネー

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4日目

ニューヨーク52番街(52nd Street)/ビリー・ジョエル(1978年)

 

 

 

 

 

小学生が中学生の頃にネッスルチョコホットのCMに『オネスティ(Honesty)』という曲が使われて、僕の耳にはなじんでいました

僕が洋楽を聞き始めた頃にはすでにビリー・ジョエルはスーパスターであり
ストレンジャー(1977年)
ニューヨーク52番街(1978年)
グラス・ハウス(1980年)

は今回、どれを選んでも良かったのですが、つまるところキーになったのはCMで知っている曲が入ってるこのアルバムを最初に聴いたのだと思います

 

全盛期ともいえるこの三部作のあとにビリーは悩みます
ライブアルバムを間に挟み1982年にリリースした『ナイロン・カーテン』はビリー本人も自殺を考えるほどにヒットメーカーとしてのプレッシャーに苦しみ、その名の通り『プレッシャー』という曲を書くのですが・・・

 

ストレンジャーはクロスオーバー、52番街はジャズ、グラス・ハウスはロックンロールということになるでしょうかね

 

このアルバムから僕が学んだことは
取っ掛かりを裏切らない作品は重要であるということ

 

もしオネスティ以外の曲に僕が面白みを見つけられなければ、他のアルバムを聴こうとは思わなかったかもしれません

1曲目のビッグショット
目当てのオネスティ
3曲目のマイ・ライフ
見事なサンドイッチかハンバーガー

 

ビリーのアルバムでは『ストレンジャー』が一番好きですが、人生を変えて一枚は52番街ですね

 

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#BillyJoel #CMソング

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3日目
SUPER FLIGHT / CASIOPEA (1979)

 

 

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僕はインストゥルメンタル(平たく言うと歌なし曲)を聴くのに抵抗がありませんでした
母はポール・モーリアやリチャード・クレイダーマンが好きで、父はグレンミラーが好き、そして二人とも映画音楽が好きでした

 

カシオペアと出会ったのはFMラジオ
当時はフュージョンブームだったのでFM雑誌でよく特集が組まれていて気になっていました
夜中の3時にアルバムほぼ全曲流すみたいな番組がやっていて、エアチェック(ラジオをカセットテープに録音すること)をして、まぁ、すっかりはまってしまった1枚です

 

『テイク・ミー』や『朝焼け』といったカシオペアの顔のような曲が目白押し

当時楽器は弾けませんでしたが(いや、弾こうとして諦めたw)彼らのテクニックのすごさは、当時はやり出したヘヴィメタのバンドに対する僕的なアンチテーゼでもあったかもしれません(のちにヘヴィメタもハマるのですがw)

 

このアルバムから学んだこと
アルバムラストの曲はドラマティックならいいというものではない

9曲目のマイティ・マウスはすごく軽快で3分ちょいの曲なんですけどね
これ聴くと物足りなくて、もう一度テイク・ミーから聞きたくなるのよね

 

QUEENを始め、プログレ系やコンセプトアルバムばかり聴いていた僕にとっては、目からウロコ(とまで、当時は気づいていなかったと思うw)な作品です

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#casiopea #フュージョン #FM雑誌 #エアチェック #FM東京マイサウンドグラフィティ

人生が変わった衝撃のアルバムを毎日1枚選び10日間 2日目

 

 

パラダイス・シアター/スティックス(1981)

 

 

まずはSTYXというバンドについては日本語を歌詞に利用したミスターロボットが有名でしょうか

ボストン、カンザスに並ぶアメリカの三大プログレバンドとも言われています


この三つのバンドの特徴はメロディアスでハーモニーが美しく、SFチックなところですかね

特にスティックスはメロディーメイカーとヴォーカルが3人いて、アルバム全体として曲調がバラエティに富んでいる事が特徴として挙げられます

 

この作品はコンセプトアルバムになっていて1928年にシカゴにオープンしたパラダイス・シアターが1958年に閉鎖されるまでをフィクションとして描くことでアメリカの文化、音楽シーンの栄枯盛衰を描いています

『パラダイス・シアター』はスティックスの最盛期で自作の『ミスターロボット』ではコンセプトに頼るしかバンド内の個性をまとめられなかったのかな
 

そして解散

イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』とどこか雰囲気が被りますね

ミスターロボットのツアーは、ロック・ミュージカルといった形で、中盤にパラダイスシアターも登場し、そこで乱闘事件が起きて『セックス、ドラック、ロックンロール』が社会的に弾劾され、世界からロックがなくなる・・・なんていう近未来SFになっていて、僕は結構好きでした

 

このアルバムから僕が学んだことは
コンセプトアルバム面白い
メロディーメーカーが複数いるバンドは面白い
バンドは上り詰めると、そのあと難しい

でしたw

#STYX #ParadiseTheatre #プログレ #コンセプトアルバム
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