少年と金魚 | 文化系寄り道倶楽部

文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

 その少年と出会ったのは、小雨の降る夕方の公園だった。
「ボク、ひとりかい?」
 そう声をかけるまでの間、私はタバコを1本吸い、自動販売機で缶コーヒーを買って飲み干し、もう一本タバコに火をつけ、パンパンになった携帯灰皿に吸殻を押し込んでからのことだった。
「うん」
 6月。長梅雨の真っ只中。天気予報を見る気にもなれない。
「こんな雨の中で、何をしてるんだい?」
 小学校に上がったかあがっていないかくらいの男の子は、水色の長靴に黄色の傘を差し、おもちゃのバケツとスコップを持って、公園を囲む植え込みに小さな穴を掘っていた。
「お墓を作っているの」

 よく見るとバケツの中には一匹の金魚の亡骸が横たわっている。大人の小指ほどの大きさのそれは、お祭りの金魚すくいで見かけるいわゆる金魚だった。
「そうか。えらいんだな。ボクは」
 私は、その言葉を考えなしに、口にした。
「ボク、ちっともえらくなんかないよ」

 私は戸惑った。
「どうしてだい? こんな雨の中、ひとりで金魚さんお墓を作ってあげるなんて、えらいじゃないか」
 少年は穴を掘る手を止めて、私に向き直った。
「だって、ボク、金魚さんを殺しちゃったんだよ」
「殺しちゃったって、ボクがかい?」
「うん、ボクが悪いんだ」
 私はかがみこんで、少年の顔を覗き込んだ。
「そうか。じゃぁ、ちゃんとお祈りして、金魚さんにゴメンネをしないといけないね」
「うん」
 少年は再びおもちゃのスコップで穴を掘り始めた。

「ねぇ、おじさん、死んじゃった金魚さんに謝ったら、ちゃんと金魚さんに聞こえるのかなぁ」
「それは、おじさんにもわからないなぁ。聞こえるのかもしれないし、聞こえないのかもしれない。でも、それはどうでもいいことなんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
 少年は不思議そうな顔をしたが、バケツの中の金魚の亡骸をそっと手に取り、話しかけた。
「ごめんよ。金魚さん。ボクは知らなかったんだ。金魚さんはお外に出たら死んじゃうってこと」
「そうだな。お魚は水の中でしか生きられないんだ。人が水の中で生きられないように」
「でも、僕の絵本の金魚さんは外に出て、かくれんぼしてたんだよ」
「そうか。でも、ボク、絵本の中の金魚さんは絵本の中でしか生きられないんだ」
 少年はこくりと小さくうなずいた。

 少年は金魚をそっと掘った穴に置き、土を元に戻していった。
「ボクはえらいな」
「どうしてさ、ボクはちっともえらくなんかないよ」
「ちゃんと謝れるってことは、なかなかできないことなんだよ」
「だってぇ、ちゃんとごめんなさいをしないとパパやママにしかられるもの」
「そうだな。じゃぁ、家に帰ったらもう一回ちゃんとごめんなさいっていえるかな」
「うん」
 少年は晴れやかな顔で返事をした。一瞬雨が弱まった気がした。

 私は少年の頭をなで、その場を離れた。
 公園の出入り口で足を止め、後ろを振り返る。
 そこに少年の姿は、もうなかった。
「ごめんなさいかぁ」
 私はタバコに手をかけて、それをやめて式場に向かった。
 母の通夜の準備をしなければいけない。
 逝ってしまった母に、私の声が届くかどうかわからない。
 私がこの世に生を受けてから、ずっと母はいたというのに、とうとう言うことができなかった。
「ごめんよ。母さん」

 再び雨は強く地面を叩き始めた。
 しかしその音は、私の心にやさしく響く。
 あの少年の金魚の魂が、この雨空を登って私の思いを母に届けてくる。
 そんな考えがふと、頭の中をよぎった。

「あの少年は、ちゃんとお母さんにごめんなさいを言えただろうか」
 私は少しだけ、あの少年のことをうらやましく思っていた。