音楽を楽しむ
CDをセットしてスピーカーから音が流れる
楽しい気分になる
これが基本形だとして
たとえばそのCDには歌詞カードやらライナーノーツが書いてあって、それを読みながら音楽を聴く
より楽しい気分になる
で、そいう音楽、似たような音楽をいっぱい聞きたいと思って探す
探すのに便利なのがカテゴリーって昨日
ロックなのかダンスミュージックなのかハードロックなのか
で、その機能がさらに細分化されていったりする
ここで分類、分析という行為が生まれる
また、音楽が楽しくなる
で、で、そういうことについて友達と語り合う
ロックはさぁ 1960年代でおわってるんだよね。今のロックっていうのは・・・
いやさぁ、やっぱりパンクっていうのはさぁ・・・
いやいやハードロックとへヴィメタっていうのは・・・
もう音楽じゃないことでも楽しい
イデオロギーだったり、理論だったり、歴史だったり、社会風刺だったり
で、で、で
音楽は室内で聴くだけじゃなくて外に持ち出せるようになった
僕らはラジカセを担ぎ
僕らはウォークマンをベルトにひっかけて町を歩いた
カーステレオからは僕が編集した音楽が流れる
いい音楽をいい音で聴くことにもボクらは躍起になった
こうやってボクらは音楽を楽しんできた
だけど、いつからか、楽しくなくなったんだ
僕らは遊びつくしたのか
遊びあきたおもちゃを捨て去ってしまうように音楽を捨てたのか
僕らはゲームを楽しんだ
僕らはインターネットでつながった
僕らは携帯電話でメールした
でも、いつもそばに音楽はあったんだ
キャラメルのおまけのように
ドラマの主題歌
映画のテーマ
移動中の電車で子守唄として
僕らの生活は日々変わっていく
音楽も日々変わっていく
音楽の楽しみ方もかわっていく
僕は90年以降、特定のアーチスト以外に新しい音楽をほとんど聞いてこなかった
ここ数年は少し状況が変わってきた
いわゆるインディーズと呼ばれるアーチスト
そしてかつては第一線で活躍されていたアーチストとネットを通じてより近い距離で触れ合うことで、再び音楽を楽しむことをはじめた
これは僕が見つけた遊び方であって、僕の楽しみ方である
共有したいとは思うけど、誰でもというわけでもない
音楽を楽しむことに理屈はいらないけど
理屈を作るのは楽しい
それもまた僕の遊びなのだ
音楽の楽しみ方なのだ
僕の音楽に対する楽しみ方のスタイル
それは ただ与えられるだけのものに 『本当の楽しい』はない ってこと
うーん
もう少し洗礼されたかっこいい言葉が見つかればいいのだけど
音楽に限らず、小説でも映画でも漫画でもアニメでも
すぐ手の届くところには、本当の楽しいことってない
苦労して集めた情報、知識、それらを自分なりに体系的にまとめるなどなど
そういう「いじくりたおし」をした方が 楽しみが50倍くらいになるって話
あの日カセットテープの銘柄にこだわったように
ノイズリダクションシステムにこだわったように
スピーカーの置き場所を決めるのにまる一日悩んだように