たぶん、僕が小説なるもの―僕にはこの小説ということばがどうにもしっくり来ないので「物語」という言い方をするのですが、着想、仮説、妄想が、物語とかそういうものを書かない人と比べると激しかったりユニークだったり、得意だったり、激しいのだと思う
クリエイティブであることを意識したことはあまりない
というか、クリエイティブってなんだ? という感覚が強い
クリエイティブなことがしたいから、物語を書いているのではなく、強いて言えばクリエイティブといわれることをしていると、楽しい仲間が増えるというくらいの意識しかない
着想とは、すなわち、何が気になるか
見知らぬ町の大通りを歩いていて、ふと、わきに30年くらい前の時代にタイムスリップしたかのような小道を見つけることがある。そこに僕はワクワクする
財布を落とした僕は、その財布がどんな人に拾われて、自分の手元に返ってこないのだろうと、そういうことが気になる。
仮説とはすなわち、論理的な推測に基づく結果と原因の因果を紐解く作業である。或いは可能性の追求と言えなくもない
メディアの流すニュースをもとに、そこで語られないあらゆる可能性を組み立てる
道端に落ちている片方だけの靴下。なぜそんなことになってしまったのかを考える
パンツを頭から被るまでにいたる事情を考える
妄想とは、すなわち、欲望と恐怖である
人は外的な刺激や環境に対して好意的に欲望を持ち、否定的に恐怖を持つ
そのどちらかに針が触れたとき、物語は人の興味を引くような、奇奇怪怪なものになるのかもしれない
妄想を語るのは難しい
だから、工夫をして、どうにかして人にわかって欲しいと思う
妄想の共有
それは過剰な自意識といえるかもしれない
自分の中で収まる妄想であれば、誰かに話して聞かす必要はないのだから
この3つの項目が僕の書く物語を紡ぐ縦糸であり横糸であり、染料なのだと思う