プラス思考とかマイナス思考とかそういう話
ゼロではないと思う
つまり、不安や心配事を口にするあまりに、余計にそういう事象が起きてしまうこと
『呼びこんでしまう』とか『引っ張られてしまう』
っていう表現でいわれるようなこと
うん、うん
そうだ、そうだ
でもね
じゃあ、なんでも前向き、足し算で考えれば問題が解決するかといえば、たぶん、いや、まったくそんなことはなくて、大事なことはきちんとした分析と、それを解決するのに必要な時間的な余裕と物理的な余裕ができるかどうかじゃないかな
『できるかどうか』というのはつまり
優先順位を入れ替えたりして、いつもとは違うことを一時的にするのか、日常に問題があるのなら、恒常的に改善するのかという2択しかない
『2択しかない』
を踏まえたうえで、それ以外の要素について、プラス思考やらマイナス思考やら
そういうことを語るのであれば、とてもすっきりすると思うのだが、違うだろうか?
キャッチな部分だけで物事を語りだすと議論が表面的な部分に終始して、中身に及ばなかったり、あえてそこを『抜本的』とか『基本は』とか窓口を限定化したり、極端に広げたりして、核心をぼかすやりかた
これは大いに僕も反省しなきゃならんところなのだが、そういうことはやはり
責められるべき
であり
怒られるべき
であり
怒るべき
なんだろうな
と、何となくそんなことを思っただけで
別に今の政治がどうとか
原子力発電が賛成とか反対とか
そんな意味を含ませたわけじゃないからね
でも、まぁ
そういうところまで思いをはせることも
わるくないんじゃない?
いや、これってもしかして、本来は義務だったりしたんだっけ?
大人になるって、そういうことだって、昔々誰かが言っていたような気がするけど・・・
もう
忘れた