僕にとってその作業は、ホラーを書く上での一つの練習のようなものだったはずなのだが、本末が転倒ぎみである。
いや、書いている本人は、実は恋愛小説だとは思っていなかったりする。
憎しみを描くには、それと同等以上の愛情を描けなければ、表現することはできない
かわいさあまりに憎さ100倍
これは一つの心理だし、真理だ
愛深きゆえに、裏切られたり、報われなかったりしたときに突然爆発的なエネルギーを発揮し、破壊の方向へ向かうときがある
人はなぜ生きるのか?
死ぬとわかっていて、なぜ、懸命に生きようとするするのか
人はなぜ愛するのか?
愛ゆえに人は悲しみ、怒り、憎む
僕はなぜ物語を書くのか?
どこかで必ずそのことを意識する
自分が今たっている場所から見えるもの、そして見ようとしているものを確認するために
自分の経験に寄ったもの書くとき、それはまるで自叙伝のようになってしまい、はたと気づく
これは小説なのか?日記なのか?
手を止め、読み直し、データを一文字ずつ消してゆく
ちがう これもちがう これもだ これも これも・・・
そうやって、消していって、ようやくある分岐点にたどり着く
ここだ ここで間違えている
掛け間違えたボタンをはめなおし、もう一度やり直す
そうだ
伝えたいことがあったんだ
それを間違えてしまっては、意味がない
愛が凶器にかわり、狂気を生む瞬間
いや、そんなに劇的なものではない
演者がわからないほど、観衆が見逃すほどのわずかな変化からそれは始まる
僕の見ている景色とあなたが見た景色はちがう
その景色の違いこそ
僕が描きたかったことなんだ
その景色をスケッチする作業もいよいよ仕上げに近づいてきた
でも、僕はまだ迷っている
その結末に至るまでの道筋で、何が僕を待ち構えているのだろう
あの感覚をまた味わうのだろうか
苦くて、苦しくて、悲しくて、せつなくて、もどかしくて、情けなくて
心の底から「あの感覚」を抉り取って、それをさらけ出すことに何の意味があるというのか
ああ、そうか
僕はそれが知りたくて書いているのかもしれない
そして次の段階に移る
この次に書く予定の二つの作品は、きっと激しいものになると思う
果たしてそのとき
僕は狂気せずに いられるだろうか
きっと「あの感覚」を取り戻さない限り、次の作品は書ききれないと、僕の中の何かがささやく
それを知っているから
僕は今、恋愛小説とカテゴライズされる作品を書いているんだ
でもその先にあるのは、やはり、少しばかり怖い話になるのだろう
僕の「物語を書く理由」
それは「恐怖」に対する畏怖の念
人の本質を理解するのにもっとも重要な感覚「恐怖」
そしてその「恐怖」に正しく向かい合うための何かを見つけるための作業なんだ
いつか僕の作品が、「恐怖」に対する一つの意見として成立する日がくれば、それが一つのゴールなのかもしれない