ロベルト・バッジオ | 文化系寄り道倶楽部

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アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

もし、彼のプレーを目にすることがなかったのなら、ワタシの人生は少なからず変わっていた気がする

ロベルト・バッジオ

イタリアの至宝

ファンタジスタ



ワールドカップは興味があったし、子供の頃から伝説のサッカー番組ダイヤモンドサッカーをなんとなくみていた。。。ベッケン・ワウアーのポスターを貼っていたが。。。あれがベッケン・バウアーであることを知ったのは、社会人になってからだったw

ドーハの悲劇

テレビの前で凍りついたあの瞬間、日本がいけなかった、もう少しでいけたワールドカップって?
1994年のアメリカ大会ではバッジオがすでにスーパースターになっており、ドイツが好きだったワタシにとって、イタリアは基本きらいなチームだったのだが。。。

この大会のロベルト・バッジオの活躍は、あまりにもドラマチックであり、そして最後。。。バッジオがPKをはずしたシーンは、ドーハの悲劇に増して、ワタシをテレビに釘付けにした



ワタシが某ア○ピで初めて書いたのがバッジオのことだった

映画・アニメのような映像作品や音楽は、後世に作品を残すことがある意味容易で、映像技術が発達した昨今では、かつてのなつかしい映像から、実に多くの情報を得ることができる

しかし、スポーツは伝わりにくいですね

一言にサッカーといっても、40年前、30年前、20年前とある意味まったくやっていることがちがいます

現代のサッカーはいかに相手にスペースを与えないか、戦術的な理論と科学的なトレーニングによって、よりスピーディーな展開とオートマティックな動きの中での個の突破力であり、例えは悪いがよくできた総合格闘技みたいになっている。。。この例えはわかりずらいか?

スペクタルなサッカー
つまり見ていて感動するようなサッカー。。。選手はアーティスト

その中にあって、最も光り輝く存在がファンタジスタであり、もっとも偉大なファンタジスタがバッジオだと思う

彼の名言と彼を称えた言葉はたくさんある


バッジョの名言

「今を戦えない者に、次や未来を語る資格はない」
「思いついたプレーの中で最も難しいものを選択している」
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
「PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない」
「私はサッカーに恋をした」
「諦めるより夢を見る方が性に合っている」
  ―2002年W杯の代表入りが絶望視された際に発したコメント。
「サッカーをプレイできるなら、寿命が縮んだっていい」
「忘れないで欲しい。君達の足元には永遠にサッカーボールがあることを…」
「自らを愛してくれたファンの前でPKを蹴ることはできない」
  ―フィオレンティーナ相手にPKを与えられた際の心情に触れて。
「僕の知っているドーピングはただ1つ、努力だ」

バッジョを評する言葉

「94年米国W杯で僕らを決勝まで連れて行ってくれたのはロビーだった。彼はフットボールそのものさ」
  アレッサンドロ・コスタクルタ (イタリア代表DF チームメイト)

「彼はコンコルドみたいなものさ。ただ自由に飛ばせてあげればいいんだ」
   ロナウド (ブラジル代表FW インテルでチームメイト)

「彼は生まれながらの優雅さを持っている」
   パベル・ネドベド(チェコ代表MF かつてバッジオの所属していたユベントス在籍)

「偉大なフットボーラーのリストにバッジョを加えるつもりはないよ、何故なら彼は別の惑星からやって来た宇宙人だから」
  エンリコ・キエーザ(イタリア代表FW 同時代に活躍した選手)

「デル・ピエロがピントリッキオ(ルネサンス期の画家、ラファエロの兄弟子)ならバッジョはラファエロ」
  ジャンニ・アニェッリ( フィアットの会長でユベントスの名誉会長 デル・ピエロはイタリア代表FW バッジオの後継者と言われる選手。。。彼の台頭によりユベントスはバッジオを放出する)

「10番というより、9.5番」
  ミシェル・プラティニ (フランス代表MF、現ヨーロッパサッカー連盟会長 バッジオが加入する前にユベントスで活躍。。。トヨタカップの幻のゴール、愛称 将軍)
「今まで一緒にプレーした選手の中で最高のプレーヤー」

「確かに、私の元には沢山のクラブからオファーが届いた、ビッグクラブからも多く。けれども、このオファーより望むものはなかった。バッジョとプレーできる、それだけでどのクラブでプレーするよりも意義のあることだと私は思う」
  ジョゼップ・グアルディオラ(スペイン代表MF 現バルセロナ監督 イタリアのブレシアでバッジオのチームメイトになる)

「彼のようなフットボーラーと出会うには、少なくともあと20年はかかる」
ガブリエル・バティストゥータ (アルゼンチン代表FW バッジオが在籍していたフィオレンティーナにバッジオがユベントスに移籍した後に加入 同時代活躍した選手) 

「それでも貴方は偉大だ」94年アメリカW杯の決勝のPK戦でPKを外したバッジョに対してかけた言葉。
クラウディオ・タファレル (ブラジル代表GK)

「世界でイタリアだけが唯一、彼をNo.1だと認めなかった」
  ジネディーヌ・ジダン(フランス代表MF プラティニの後継者 ユベントスにも在籍していた)

「彼はフィールドの中で出来ない事など何もない」
  ジーコ (ブラジル代表MF もはや説明不要。。。ジーコもイタリアでプレイしたことがある)

「私が現役のとき、悪夢のような選手が3人いた。マラドーナ、ファン・バステン、そしてバッジョ」  ジュゼッペ・ベルゴミ(イタリア代表DF インテル一筋のDF マラドーナは説明不要 ファン・バステンはオランダ代表FWでミランで活躍 インテルの最大の敵)

「私はロベルトをピッチに送り出すとき一つだけ指示をする。『90分間で一度だけでもいいから君らしいプレイをしてくれ』とね。それが我々に歓喜をもたらすことを私は知っているから」
 カルロ・マッツォーネ (イタリア人監督 バッジオのブレシア時代の監督 トップクラスの監督と違って、選手に自由を与えるタイプ 昇格、残留請負人)

「僕がイタリアに来てから、いつもバッジョとサッカーをすることを夢見ていた」
  イバン・サモラーノ(チリ代表FW インテルでバッジオとチームメイト)

「将来引退したら、皆に自慢するのさ。僕はバッジョとプレーしてたとね」
  スティーヴン・アッピアー(ガーナ代表MF 彼はブレシアで才能を開花させた)

「生まれながらのファンタジスタにして最後の本物のファンタジスタよ、あなたは永遠に私達の中で輝き続けるであろう」

バッジョの引退試合でファンが掲げたフラッグ。

(Wikipediaより抜粋と説明加筆)