【潜在】第7展示室

【潜在】第7展示室

好きなバンドマンの文章を読むアカウント。これらのすべては下書きです。

 

 

3/3(火)

19:02…ルシ様のキャス

 

〈トピック〉

気が狂いそう/家族の夢

〈感想〉

ルシ様の、ご家族を形容する言葉ってそのまま自分の家庭にも当てはまる気がして、やはり私はとても幸福だったのだと思います。

賑やかな家庭ではないし環境が特殊っちゃ特殊なので歪な部分はあるんですけれど、でも互いを尊重し合える素晴らしい愛する家族です。

 

私の母もまた「あなたたちがいなければ頑張れなかった。私を母親にしてくれてありがとう」って私と妹に言うんです。そんな人に育てられてどうして私みたいな人間になっちゃうんでしょう。でも妹も私とは別ベクトルで厭世家なので、なんか屈折があるんでしょうね。

 

ちょっとだけ話題に出ていた自動車事故の話、そもそも車社会が事故が起こるという前提を受け入れている構造になっているよなあとも思います。自動車保険などの存在は事故を予防するものではない。

 

運転免許は大学のときに取っているんですが誰かを殺す可能性のあるものを扱うのが怖くて都内にいるのもあり現在ほぼ無免許状態で、でも今後の人生選択によっては車を使わざるを得ないので怖がってばかりではいられないなと……運転できる人ってすごいです。

 

 

3/4(水)

19:02…ルシ様のキャス

 

 

〈トピック〉

検査結果について

〈感想〉

検査結果、興味深く聞かせていただきました。

私は今まで特性を示す言葉を十把一絡げに見てしまっていたのですが、そのカテゴリの中にもさらに幅や個性があるということを知れてよかったです。生きる水が異なることに対するリソースを割くことがなくなるだけでも、ラグが少なくなっていくのではないかなと思いました。

 

「みんなそう」なのだから「弱音を吐いてはいけない」という思いってあります。

これバイアスなんでしょうけど、五体満足で内臓が揃い五感があって家族が元気で家があって仕事がある、私はこれだけ恵まれているから助けてと言ってはいけないし逃げることも許されないと……私の抱える生きづらさは、努力不足と自己責任によるものだと思ってしまう。

 

それで反出生主義に惹かれているんならめちゃくちゃ切実性がなくて甘えた考えだな……とか思って自分が嫌なんですよね、実存に関わるほどの「生まれてこない方がよかった」を抱く者には、反出生主義は思想ゲームのように見えてしまう側面もある。

 

いや超幸福な人間が死を望んでもいいとは思うんですが……これからも考え続けたいです。

 

3/7(土)

19:02…ルシ様のキャス

 

〈トピック〉

生活の気付き/構造を知りたい/課題曲

〈感想〉

とはいえ近年仕事で精神疾患なったとき周りに言えなかったです。それは前述↑の「自分は恵まれていて「普通」をこなせるだけのスペックがあるのにそうなってしまうのはおかしい」という気持ちが強く(バイアス!)その診断に甘えたくなかったというのが大きかったです。

 

私も症状としての気分の落ち込みを打ち明けたとき「みんなそうだよ」って言われたんですが、固有の苦悩が、概括的な一般論に埋没させられた感が悲しかったです。

 

余談ですがシェハーンさんがTHE NOSTRADAMNZで初めてギターを弾いたライブが4年前の今日でしたね。

 

3/8(日)

19:10…ルシ様のキャス

 

〈トピック〉

「Shootingstar bunny romance」と「Eyes」のルーツ、「UFO神社」/検査結果との関連

〈感想〉

 

★UFO神社

聴きました。バンドについて調べてみたら異星人がロックンロールで地球人との交信を試みるという設定のバンドなんですね。公式の音源の説明文もポップながらエッジの効いた言葉でかっこよかったです。

異邦人としてのここではないどこかの希求、置いてきてしまったインナーチャイルド、銀河鉄道=UFOとして聴く「Eyes」、面白かったです。

 

『フレデリック』のように言葉や光や音を集めながら、他の野ねずみのようにも働いて暮らす、ルシ様はその二つの側面を持っているのだと思います。その背景の一つには、一度音楽の表舞台から離れる、という選択があったかと存じます。

 

でも、そういう過去や人生の厚みを持つ方々の表現でなければ、私は惹かれなかったと思います。THE NOSTRADAMNZに出会えてよかった、今、あなた方がステージに立っていることが堪らなく奇跡で大好きだと思います。

 

私は幻想文学やSFが好きなので、レオ・レオニの作品だと平行植物シリーズを面白いと感じます。

 

 

私も無意識ってすげ~と思います。本当の意味でTHE NOSTRADAMNZに惹かれた理由って、誰しも言語化できない無意識の方にあるのかもしれません。

 

ルシ様はラカンやフロイトを挙げられていましたが、私は意識が生まれる仕組みの方に興味があるので、意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論(マルチェッロ・マッスィミーニ/ジュリオ・トノーニ/花本知子)がバカ面白かったです。AIがまだ意識を持てない理由とか……あと脳が2つに分かれるくだり、「SAKURA NEUROSCORE」だ!と思いました。

 

 

 

3/10(火)

19:09…ルシ様のキャス

〈トピック〉

花粉症つらい/なぜ青春パンクに惹かれなかったのか

〈感想〉

GOING STEADYに至っては「Lilly」の歌詞から知ったぐらい疎いんですが、はやとさんがドラム動画で叩いているのを聴いていい曲だと思いました。ルシ様もですが、はやとさんからも音楽的な良い出会いを沢山いただきました。

 

 

★THE NOSTRADAMNZの楽曲における人称について

青春パンクは音楽的には好きだが「僕等」という構造に馴染めなかった、というお話を聞いてレオ・レオニの「スイミー」に惹かれなかった(集団へ同一化できない)という話も思い出しつつ、THE NOSTRADAMNZの楽曲の歌詞は一人称単数で書かれていることが多いよなあと思い至りました。

 

対してシェハーンさんが作詞している「1999」は「僕ら」という複数形の一人称で展開する曲だよなと思い、一人称表現のある楽曲だけ抜き出してみました。対応として二人称も。

 

そんなにないと思ってたけど「ぼくら」の曲って結構ありましたので、全然MECEな観点じゃなかったかもしれません......

 

<一人称単数>

オモイデ…ぼく

Skygazer…わたしーあなた

世界と真実…あたしー君

震えてる…わたしー君

ほころびて…わたしー君

ひみつ…僕ー君

さよならロックスター…僕ー君

 

Eyes…わたしーあなた

Tokyo…I

Birthday…ぼくーあなた

 

P!P!P!…わたしーあなた

脅威的ロマンス…僕ー君

踊る影…わたしーキミ

 

存在しない…俺ーテメー,キサマ,お前

まいご…僕,ぼく

サラバ…ぼく

Birthday(SYMM mix)…ぼくーきみ

Lilly…Iー君

 

Uupaaruupaa…I

無線衝突…わたしーあなた

Respect/Hate…ぼくー君

何もいえない…ぼくーあなた

Face…ぼくーあなた

 

原罪論…我ーキミ

 

No turning back…Iーyour

MuderTVshow…俺ーお前

truth/world 2020…あたしー君

 

Startail…ぼく ー きみ

Alexander…僕, Iー 君,you

Thy name is…ぼくー きみ

Gals…iーてめー,オメー,お前

道化師のピエロ…僕ー 君

Wakey wakey…ぼくー君

Debris…ぼくー君

Bloom bloom satelites…ぼくー君

Can’t help falling to hell with you…ぼく ー きみ

 

処刑台より…わたし

 

Sweetkiller…ぼく ー きみ

Fallen…ぼくー 君

I  wanna go to america…ぼく

Sick Of All People…私ー てめえ

Mircle arrive universe…ぼくー 君

IDWBYxxx…俺 ー お前ら

 

<一人称複数>

Zombie world keeps singing…われわれ

アイスクリーマー…人類(われわれ)

Ghost…わたしたちーあなた

Light speed escape…ぼくらー君

Smallchange…ぼくら'ぼく

星のしっぽ…ぼく,ぼくら

世に憚る…俺たち,ノストラダムス

Still hungry…ぼくら,我ら

Touch…ぼくら,ぼくーきみ

終身刑…ぼくら,ぼくーきみ

Wonder world…ぼくら-あんたら,きみ

Accesaries…ぼくらー 君

SAIL AWAY -Decade flight-…僕,我ら-あなた

1999…僕ら

アカリファの花…ぼくらー 君

 

BEST sHIT PARADE…俺たちー君たち

「ぼくら」の人称で展開する曲でも、歌詞の文脈によってその意味合いって様々であると思うんですが、「世に憚る」「Still hungry」「Wonder world」「Accesaries」「SAIL AWAY -Decade flight-」「アカリファの花」はバンドマンとしての「ぼくら」からのメッセージを感じます。

 

「1999」も主軸にはバンドとしての「僕ら」があると思うんですが、バンドマンを超えて、もっと普遍的な、”大人になりきれず大人になった”リスナーを含めて、ひいては同じ現代を生き続ける者たちを「僕ら」と言ってくれているのかな、と最近私は感じるようになりました。

ルシ様の詩の「ぼくら」とシェハーンさんの詩の「僕ら」は文字としてもですがやっぱりニュアンス、その範囲が異なっているように思っていて、だからこそシェハーンさんの詩をルシ様が歌う、というところにリスナーとしてグッとくるのです。

 

踏まえて、「BEST sHIT PARADE」が「俺たち」という口語的な一人称かつ、これまでのバンドマンとしての「俺たち」だけじゃなくて、シェハーンさんの「1999」の「僕ら」に似た、現代を生きる生命、私たちすべてについて歌っているような曲を9周年ワンマンで聴けて、私は生き続けていてよかったと思ったんですよ。

 

「ぼく」と「僕」に表現の違いとかにも思うんですが、ルシ様の歌詞に時折ある、絵本の文体のような幼さ=純真性が、切なさや”ひとひらの光”の、核だなとも思っています。

 

3/12(木)

18:56…ルシ様のキャス

〈トピック〉

とてもいい曲ができた/震災体験

〈感想〉

シェハーンさんからレコーディングした曲が届いたって!バンドとして実現したかったもの......それほどのものを聴けるの心から超超超楽しみにしています!

 

 

 ★震災体験(自己語りの側面が強いです!)

私の卒論のテーマがメディアと震災でした。メディアから被災者というレッテルを貼られ、そこで取りこぼされるものはなかったか?という切り口で書きました。今でもこのテーマが正しかったのか自問自答するけれど。

 

私も震災当時関東にいました、そういう相対的に軽度の被災エピソードや当時の震災報道にそぐわないとされ語られてこなかった話を聞くのは私も好き、好きというか意味のあることだと思います。

 

震災が来る前の夏にいのちの食べ方(森達也)を読みました。人生を一変させた本があるならこの本です。読む前と後で不可逆になるほど世界の解像度が格段に上がったというか、いかに自分の身の回りを構成する世界の背景を知ろうとしなかったのかを突き付けられ、知らないことは罪であると思いました。(これは呪いかもしれない)

今では世界の全てを知ることはできないって分かっていますけど、小学生の世界って狭いから全てを知れる気でいたんですね。

 

そして3月に震災が起きたとき、自分の生活に不可欠な電気が原子力発電所から生み出されていたことを知らなかった自分はなんて罪深いんだと思いました。今起こっていることは私の、私たちの無知と思考停止による罪なんだと12歳のときに思ったんですね。

この世界がpainfllyであることを私は知らずに生まれてきた。じゃあこの世界で果たすべき私の責任とは、知ることだと思ったんです。サバイバーズギルドの一種かも。

 

大学生になってある程度学問の自由を手に入れたとき、卒論のフィールドワークに選んだのが福島県でした。大学生のエネルギーってすごかったと思います。取材の依頼をしてインタビューして文章を考えて……を怖さを通り越した熱量だけでそうしたことを実行していた。たった一人で。

 

当時、常磐線は原発事故の影響で全面開通していなくて、帰宅困難地域のバリケードの手前まで歩いていきました。この場所に惹かれたのは、やはり「境界線」だったからかもしれません。

2018年6月

 

2019年4月

 

コロナ禍で卒論書き上げたんですが、なんか考えすぎた反動や申し訳なさでなんか福島や震災に関することを読めなくなっちゃった。向き合わなきゃって思ってはいます。

 

ゼミに迎え入れてくれてこの卒論を書かせてくれた恩師には本当に感謝しています。そう、競争率の高いゼミだったので、必ず出なければいけないゼミ説明会があったんですが、前日にマイナス人生オーケストラの解散発表があってガチで涙を流しながら出席したの覚えてます。

 

2020年当時、コロナで就活も難航し卒論も書き上げられるか不安だった中で、「Touch」の自粛MVを何度も何度も観ました。本当に「でも、それでも」と踏ん張る力をいただきました。ありがとうございました。

 

 

戦争は被虐と加虐の歴史、どちらも知らないといけないと思います。ルシ様の社会を見る瞳はシャープでありかつ根底に人間が好きなんだろうなという優しさがある気がして、とても刺激を受けます。ありがとうございました。

 

3/16(月)

19:11…ルシ様のキャス

〈トピック〉

検査振り返り/嘆きをハックする

〈感想〉

めちゃくちゃ良かったです。天才って難しい内容を万人向けに翻訳できる方、鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。(川上和人)とか、別の分野を媒介することのできる方、人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか(池上高志/石黒浩)みたいな人だと思っています。

 

だから、宇宙人の当事者でありながら定型発達の人間との間を取り持ってコミュニケーションが取れる、翻訳ができる、両者の境界線の上でその境界線は存在しないと言えるルシ様の決意表明めいた今回のキャス、めちゃくちゃ良かったです。最大多数の、最小不幸へ。

 

この辺の言説に、2/28@濱書房のライブとその後のツイキャスで語られたシェハーンさんの在り方の影響があるのかなあと思って関係性を愛しく思いました。

 

ルシ様の言説に心を動かされている私みたいな人間がいるんですから、共鳴する人間はもっと世界にたくさんいるはずです(帰納法)。引き続き応援しております。

3/18(水)@下北沢Dy CUBE

<セトリ>

1.Hello

2.1999

3.Wakey wakey

4.Debris

5.なごり雪

6.Bloom bloom satelites

7.さよならロックスター

 

<感想>

アコースティックもどんどんソリッドになっていってかっこよかったです!

最初3曲が好きな曲続きで嬉しかったです。「HELLO」はエレキギターではあまり見れない右手の柔らかい指弾きが好きだと思います。「HELLO」の"さあ 行きなさい"のところの高まっていくようなカホンが好きです。

 

アコースティック「1999」のイントロのアレンジ好きです。ルシ様が最後の語りフェーズを歌うと、悪態のニュアンスが滲むように思うので、その差異を良いなあと思います。

 

特別に大好きな「Wakey wakey」、以前のアコースティックの時と比べてギターの弾き方が変わっていて、大好きな曲だからそういう変化が嬉しかったです。Dm→B♭→C→Fでコード弾きするところ、高い音で弾くように変わっていたのと、Aメロの弾き方が原曲寄りの弾き方をしていたのが良かったです。

 

サビに入ったとき回り出した照明が”印象派の絵画”の点描のようだと感じました。上擦るようにシャープする感情的なルシ様の声にも胸が震えました。現地でも観たし配信でも映っていた、ルシ様が”ぼくに殺させて”で首を切る素振りをしたところ好きでした。あと最後の歌詞、ふっと出た言葉なのかもしれないけど、”いつ目覚めてくれる?”って歌っていたのもドキッとしました。そう、目覚めたくらいじゃ変わらないです。目覚めたまま、非対称のまま、それでもあなた方が好きです。

本当に大好きな曲なので、いつかバンドバージョンのライブで聴きたいです。

 

最初でルシ様とはやとさんがめちゃ笑っている理由が分かんなかったんですけど自分で始まるのに自分でカウントするシェハーンさんに笑っちゃってるお二人がかわいかったです。ピッキングハーモニクス聞いたときはやとさんがニヤニヤするの見てこちらも笑っちゃいます。

ルシ様のBDアコースティックのとき、シェハーンさんがあんまり会話には入れてなかった感あって(そりゃそう)元気にしてるか!?と気になっちゃったので、今回はたくさんシェハーンさんが会話の中に入っていてよかったです。

 

シェハーンさん、アコースティックだとすごく緊張されている印象があるので、お酒のせいか緊張が解れるのが早そうでよかったんですが出演者みんなに心配されていたのでご自愛くださいと思いました。

 

終盤に差し掛かり、一番シェハーンさんに感情が乗っているように見えたのが「なごり雪」でした。ルシ様の声との相乗効果によるものかもしれません。すごくよかったです。


「Bloom bloom satelites」はルシ様BDのアコースティックで初めて聴きましたかね、アコギで聴くギターの細かい動きや強弱が好きです。原曲がフェードアウトで終わるから、ライブならではの終わり方が聴けるのが嬉しいです。ルシ様の力強い"その痛みが消えますように"からギターで柔らかく終わるのがすごくよかったです。

 

「さよならロックスター」はアコースティック版として音源化してほしいくらい好きです。”叶うならば今すぐ君になりたいよ”でルシ様がシェハーンさんを指さしたのキューンとしちゃいました。

なんかこれは感覚的な話なのですが、男性アイドルの女性ファン層って、対象に好かれるような自分になることに重きを置いていているのに対して、バンギャルは対象と同一化を図ることで精神性を理解するような側面があるなと思います。コスプレしたり、見た目を寄せたり、ルシ様たちがロックスターに憧れていた感情とは違うんでしょうけど、根源的には”君になりたいよ”に収斂する感情なのかなとか思います。


「Wakey wakey」の”印象派の絵画”に寄せて。

このライブの数日後にちょうど印象派である「クロード・モネ 風景への問いかけ」をアーティゾン美術館に観に行きました。写真が撮れる!


以前から惹かれていた『死の床のカミーユ』が見れてよかったです。モネの最初の妻、カミーユが亡くなった直後の絵なんですが、画家としてその二度とない色彩の変化を描かずにいられなかった業のようなものを感じます。

 

 

そのうえで『日傘をさす女』という作品群があります。モネは同じモチーフを何パターンも描くので、3枚あるうちの3枚目を観ました。その人物の表情は、判然としません。

 

 

散歩、日傘をさす女(Wiki)

1枚目は生きていた頃の妻カミーユをモデルにし、息子ジャンも描き込まれていて、その穏やかな表情が描かれています。

2枚目、3枚目は亡きカミーユと2人目の妻との娘シュザンヌをモデルにしているそうですが、こちらは顔が殆ど描かれていません。

 

過去から距離が遠く遠くなるにつれて、心を寄せた人が風景に一体化していく記憶の遠近に、「Wakey wakey」のことを思いました。

カミーユは家族に結婚を反対されながらも不遇時代のモネを支え、妻となり母となり、4年の闘病生活で後のモネの妻となる女性の影を感じ取る中で亡くなったそうなので、なんかその辺もバンドマンへの視線との符合を感じて余計。

 


あをいはるさんとやむださんのタッグもとてもよかったです。肉眼で観るハルさんの歌、衣装の揺らぎ、アクセサリーのきらめきすべてにエネルギーを感じてやっぱり神様……って錯覚するような求心力を感じます。

英語苦手で~って2024年のシェハーンさんのバースデーライブで「Alexander」歌ったときのポストでも言ってたんですけど、日本語の一音に対して一音、のような伸びが上手すぎるんだと思いました。

 

カバー曲は大体知っていたので楽しかったし、井上陽水「傘がない」が好きなので聴けて嬉しかったです。やむださんはステージの上ではパッと弾けるような明るさがあってかわいいですね。それこそノストラちゃんとはI hate your rules.で共演されていましたよね。

 

荒瀬さんはアコースティックギターなのに足元の機材すご~って見てました。機材としてルーパーが好きです。直前に自分が弾いた音と一緒に奏でるって音楽にしかない、時間概念をちょっと超えたようなSF的な時間の流れを感じるからです。

 

Köziさんのギターは異国の地で朽ちたような音がしてすごかったです。ステージ同士の接地面が大きいイベントでしたが、それでもステージでの世界観を崩さずにいるのが流石の貫禄だなと思いました。

 

アンコールセッションも楽しかったです。ルシ様、シェハーンさん、ハルさんを一度に同じ視界に収めることができて、敬愛・本命・崇拝の具現化を見ているのかと思いました。

大好きな人たちのトークが聴けて嬉しかったです。ハルさんは頭の回転が速い!

 

BUCK-TICKの「スピード」、先日の武道館公演のアンコールで聴けたこともあり、すごくよかったです。ありがとうございました。

 

3/19(木)

 

19:11…ルシ様のキャス

〈トピック〉

3/18公演について/人間として育てられたチンパンジーとの符合/絵本のこと

〈感想〉

アコースティック公演とても楽しかったので、バックステージの裏話を聴けて嬉しかったです。

 

直近で実家に帰ったので、お気に入りの絵本を集めた棚を見返しました。私が探し求めるものをページの間から差し出してくれるように思います。

 

 

21:09…6/1ワンマン公演の詳細が発表され、嬉しかったです。

 

 

3/21(土)

18:52…ルシ様のキャス

〈トピック〉

フライヤーへの反応が薄いぞ/花粉症への対処/歯医者/EAT YOU ARRIVE,SUICIDE ALI

〈感想〉

フライヤーかっこよかったです!考察しちゃお!

メンバーの配置をしても原画の左右対称が崩れてないのがいいですね。過越祭の種なしパン、ワイン、水、干した果物や魚などの質素な食事を並べたテーブルの上に突如現れるお誕生日ケーキとテキーラとピエロ。

 

はやとさんの左隣にいるヨハネは「汝らの中の一人われを売らん」というキリストの言葉に失神したらしいのですが、はやとさんにびっくりして気を失ったように見えます。

その兄、大ヤコブははやとさんの右隣にいて、血塗れのグローブを警戒しているようですし、大ヤコブ越しのトマスは中指を立てているみたい見間違えてしまいそう。ユダの後ろにルシ様がいるのも示唆的に見えちゃいます。


最後の晩餐のときキリストは自らの血肉を分ける意味でパンとワインを12人の愛弟子たちに渡したといいます。ここに神との新しい契約(新約)が結ばれたと聞きます。

その転換点の瞬間、画面外の神様のルシ様の手によってキリストが切り取られてはやとさんが配置される。ここを10周年の節目とするの、かっこいいですね。

 

キリスト関連だと駆込み訴え(太宰治)が好きです。

ユダがキリストを愛して愛して歪み、自分だけを愛してくれないなら……という形の愛ゆえにあの裏切りをしたんだというのを混乱したような口調で書いてあり、ドキドキするほど引き込まれます。

3/22(日)

18:01…8/11(火)CRUSH OF MODE HYPER HOT SUMMER'26のライブが発表され、嬉しかったです。

 

3/23(月)

23:27…シェハーンさんがSNSをたくさん更新してくれて、嬉しかったです。

 

3/24(火)

19:14…ルシ様のキャス

〈トピック〉

マシュマロ①Can’t help falling to hell with you/マシュマロ②/人と人のマリアージュ/フライヤーの紙印刷について

〈感想〉

★質問に寄せて

分からないという地平に立つことの誠実さ、成程と思いました。私はPlastic Treeが大好きなのですが「人間とはそれぞれ孤立した存在であり分かり合うことは決してできない」ということを根底に歌っているから好きなんだと思います。私がV系を好きになったのは、好きになった言葉がたまたまV系に類するものだったんですね。

 

★THE NOSTRADAMNZのマリアージュ、めっちゃくちゃある

おっしゃる通りだと思って膝を叩きました。おっしゃるストリートです。

 

「アイドルマスターシンデレラガールズ」が10年くらい好きなのですが、このコンテンツに登場するアイドルはキュート・クール・パッションに分類されており、ここから「魅力的な3人組はこの3属性に配分される論」というのがあります。

 

当てはめると前体制だとキュート😈・クール👴🏻・パッション🤡だったなと思うんですけど、現体制だとキュート🤖・クール😈・パッション🤡になったなと感じています。

化粧というフィルター、バンドマンという役割を通して立ち昇る個性ではあるけれど、勿論あなた方は二次元のキャラクターではない。そういう相対的な揺らぎをこそ、私は愛おしいと思って見ているのだと思います。

 

★紙のフライヤー

思い返せばPlastic Treeのライブ終わりにビラ配りしていたのがumbrellaとの最初の出会いだった気がします。うお~現在に繋がっている。

3/25(水)

20:00…6/1@Wildside Tokyoのチケ発をし、胃が痛かったです。

 

3/29(日)@横浜BAYSIS

<セトリ>🤡

1.Alexander

2.Lilly

3.1999

4.震えてる

MC

5.さよならロックスター

6.ほころびて

7.たどりついた夜に

8.サラバ

 

<感想>

楽しかったです!ノストラちゃんらしい熱狂と、切なさの緩急のあるセトリで最高でした。 曲と曲の終わりの音同士を繋ぐようなシームレスな構成だったのが印象深いです。音出しやセッティング中の音が聴けたのも良かったです。

 

スクリーンの幕が上がりきる前に声と拳の応酬が始まった「Alexander」は待ちきれない!という思いにさせられて熱かったです。シェハーンさんが指で煽るのかっこよすぎで、あんな顔のいい男に煽られたら全人類惚れちゃうだろと思います。

 

「Lilly」は2番Aメロのペダル踏み込みからのサビ前のフレーズが大好きです。最後に感情のままにテンポ速くなる、かと思いきや水面に石を投じたようなキック?からの「1999」へ流れ込む感じすっ……ごくよかったです。

”夢を見ている”!の3人叫びは、本当にライブの演奏で聴くたびに力強く、ソリッドになっていて、この曲を聴くたびに起こる、私の心の震えに慣れることはないと思います。

 

Cメロの手を伸ばすのが、”声”、”光”、”香り”と3つは外部要因なの対し、最後に叫ぶものが”感性”と人間の内側にこそあるものであることに、心臓を掴まれたような痛みが走ります。

 

この曲を聴いてから2年、ロボットであるシェハーンさんが”感性”を叫ぶことの逆説に心臓を揺らがされてきましたが、私が捨て去りたくて、でも終わらせることができないのが"感性"だからでもあると思い至りました。

私が反出生主義に惹かれるのは、苦悩する私という主体を消したいという思いもあるからです。1度のライブを観てこれだけの言葉を吐きだしてしまうような、私の面倒な脳を止めてほしいと願うからです。ハーモニー(伊藤計劃)のようなSF作品が好きなのは、自我を維持する理由のない世界を想像させてくれるからです。私を苦しめる”感性”をこそ、失くしてしまいたい。

 

でも、でも、苦しくてもどうしても"その感性"を止められない、終わりという線を引けない、"探し続け"、”眠り続け”、”痛み続け”、”夢を見ている”現在進行形の「僕ら」の歌だから、そんな詩を書くシェハーンさんだから、私は彼が大好きなんだと思いました。そして、それを一緒に形作るTHE NOSTRADAMNZというバンドが大好きです。

 

「1999」で歌われている「僕ら」って、バンドマンであるノストラちゃんだけを範疇にしているって今まで思っていたんですけど、この日の「1999」を聴いて、もしかしたら私の、私たちの歌であると思ってもいいのかも、と思いました。本当にフロアも含めた、境界のない「僕ら」の歌なのかも。

私も、過去を悔やんで後悔してそれでも溢れてしまうものがあって、夢を捨てられずに仲間と一緒に小説書いてるし。明確に終わりって決めなくていいんだって、この曲を聴いて思います。

 

「震えてる」も大好きです。本当にルシ様の詩の最高到達点のひとつだなってくらい歌詞が大好きです。

シェハーンさんのギターはDragonfly。「震えてる」で使われるPOGのエフェクターの音が大好きです。心の遠くで泣きそうな気持ちを引き出してくれるように思うから。

 

ノストラちゃんが大好きだからこそ、二度と会えなくても大丈夫でいられる方法があればどんなにいいだろうと願うこともあります。だって人生って何があるか分からなくて、ライブに行けるのが今日が最後かもって、その日に怯えるならいっそ、この「サラバ」が最後ならいいのに、なんて。

それでももう一度、もう一度だけ、とライブに行くのを重ねた分だけノストラちゃんのことが好きになりました。そういう気持ちになります。

 

CMからの「さよならロックスター」、原曲だと"夢から覚めて 魔法はとける"ですが、ここがライブごとに違うのが堪らなく好きです。

 

からの「ほころびて」では後ろからの照明とスモークが強く、シェハーンさんの姿が光に煙って、仮面の光も消えてしまって、ただ熱量の塊だけがくるくる回っているように見えたのが良かったです。

強い光の中においては、影も弱い光もどちらも消えてしまって、ああ今、この熱量だけが真実なら、シェハーンさんが仮面だろうがそうじゃなかろうが、そんなもん関係ないんだなあ、って思いました。

 

毎回毎回違う良さがありますが、シェハーンさんが凄まじかった「ほころびて」って何回かあって、直近だと260113の西永福JAMだったんですけど、彼において凄まじさを感じるのって、私たちフロアひとりひとりの"感性"次第ではあると思うので絶対的な指標ってないんだろうな、って思いました。その差異が面白いですね。心とは社会的な相互作用の中に立ち昇る主観的な現象。

 

2月のツイキャスで、観客の感情移入の余地のために一歩引くように心がけているが、という話をしていましたが、この日のルシ様の歌声の迫力を聴いて、私はルシ様の声に感情移入するというより、余すことのなく感情的なもので刺し貫かれる方が好きだなあと思いました。

 

Second voice!「たどりついた夜に」かっこよすぎて聴けてめちゃくちゃ嬉しかったです。シェハーンさんの運指に見惚れてました。

シェハーンさんが「サラバ」でシモテの女になっちまいましたが、カミテでそんなかわいいことしてくれないのに!でもお二人がよろしくやってるところをムス……とした表情で見てるはやとさんがかわいかったし、カミテにルシ様たくさん来てくれたし、"踊ろうぜロックンロール"のところを歌っているシェハーンさんの歌声が聴けたので良かったです。ありがとうございました。

 

一日を通してクラッシュ楽しかったです。私はこの音楽シーンが好きです。やっぱりGAFAってGoogle、Artpop、Facebook、Artpopだと思います。

 

 

以上、3月の月報でした。

ここまで読んでいただけたのなら、本当に本当に本当にありがとうございます。