彼と初めて話したのは国際電話だった。
『コンディションはどう?ケガの状態は?』 そのとき彼はフロリダでトレーニング中だった。『完璧だよ。いつでも日本に飛べる状態だ。バスケットをまだやりたいんだ』
彼の名前はライアン・ブラックウェル。大阪エヴェッサの現ヘッドコーチだ。
2008-2009シーズンの途中。チームがなかなか1つにならない中、当時のヘッドコーチ・天日さんに呼び出され、ライアン・ブラックウェルの動向を探ってほしいと依頼を受けた。彼のエージェントに直ぐ連絡を入れ、連絡先を聞き、そして電話をした。
ケガをして仙台とは再契約せずに彼はアメリカに残ってアルバイトをしながらトレーニングに励んでいた。名門シラキュース大を出た彼はまだバスケットボール人生を終えることなど全く考えておらず、まだ続けたい。バスケットボールをどうしてもやっていきたい。その気持ちだけでシーズンが始まっても一人アメリカに残り、辛抱して頑張っていたという。そんな彼のバスケットに対する熱い気持ちは国際電話からでも十分伝わってきた。
状態の確認、契約書の作成、そしてビザの手配。取ると決めてから、そんなに時間はかからなかった。
そして入国。
出場してからしばらくは本調子ではなかったが徐々にペースを掴みチームの勝利へ大きく貢献。その年、優勝は逃したものの彼の存在がキャプテン、リン・ワシントンの大きな支えになり、チームはシーズン終盤にようやく1つになり、王者らしさを取り戻した。
この年のホーム最終戦。自分ごとではあるが、実はスタッフとして退職前最後の試合だった。辞める事になったまではまた別のエピソードで書こうと思うが、この試合を最後に辞めると知っていたブラックウェルはこっちに歩み寄って、握手をしてきた。
そして、『Masaki、ありがとう』
一言だった。でもその一言の重みを忘れない。フロントで選手関係を扱うようになり、マットもジェフもマイキーもチームを去った。そして時として選手に解雇通告をしなくてはいけない。本当にストレスのたまる仕事だったが、この彼の言葉のおかげで気持ちよく試合会場を後にできたのを覚えている。終わりよければすべて良し。ではないけど、この日ばかりはそう言いたかった。少しこの世界に消極的になっていたが、大阪エヴェッサを辞めてもスポーツの世界にいようと思わせてくれた彼には本当に感謝している。
彼とは未だに繋がっている。大切なパートナーの一人だ。今年はコーチとして新たにシーズンを迎える事になったが、オフシーズンに何度も電話で話し合った。誰もが不安視する中で開幕したシーズンもここまでは順調にきていると思う。ただ、たまにものすごく疲れた顔をしているときがある。シーズンも始まり、預かったアメリカ人選手も6人と、コーチとしてストレスもあるんだろう。
エンディングを最高の形で迎えさせてくれた彼にこんな俺ができることは、ハードロックカフェ大阪でビールを一緒に飲むことくらいだろう。
ブラックウェルとの出逢いを感謝している。
''Thanks, coach...''