例えば、ブログやツイッターに
"◯◯を見た。最後に○◯が△△になって、衝撃的だったなぁ"
なんて書いてたら、それは完全なるネタバレなんでしょうけど、今の時代ってネタバレの定義が変わってきてるなぁとふと思いました。
例えば、このブログ書くときに基本的にネタバレをしないで書こうという精神が入ってて、さっき自分のを読んだら、まぁそこまで内容に踏み込まずに、ただの"面白かった"感想の延長線上に内容を書いてる感じというか… 言葉じゃ難しいけど、上記のような大きく踏みこんだネタバレをしてるつもりはないけど、僕としてはそれでもアレはネタバレと思うんですよね。
この話は置いといて、今回書きたかったのが
『この頃、ネタバレ多すぎない?』って話。
『あまちゃん』を毎日見てて、個人的に8:00からのが本放送と思ってるんで、それ以外の時間で実況してる人を個人的に快く思ってないんですけど、それは置いといて『あまちゃん』はファンが多くて、色々な先の予測や類推する人って多いじゃないですか。そんな中、音楽担当の大友良英さんのブログでは完全に音楽に関しては"意図"みたいなのを説明しちゃってるんですね。
こういうのがあんまり好きじゃなくなって、まぁこういうこと書くと
「じゃあ見なきゃいい。」
なんて言う人いますけど、だから、僕は基本的に見てませんけど、僕も昔は結構こういう話の裏話的なのを考えたり、見抜いてる気持ちで観るのが好きで、早くその解答みたいなのをスタッフの人が発信するのを楽しみにしていたりした。
でも、年を経るに連れてなのか、時代の文化の進みからなのかわからないけど、そういう予想、予測みたいなのは面白いんだけど、スタッフの人が模範解答を出しちゃうってのは、昔の自分みたいに待ち望んでいる人もいるんだろうけど、放映中に出しちゃうってのはロマンが無くなっちゃうのかなぁと思ったり。もちろん、スタッフさんもそこを最低限守ってると思うし、これは完全なる個人の感情の話なので、良し悪しの話ではないんですが。
これはアイドルのドキュメンタリーの話にも通じてると思っていて、前にも書いたような記憶あるけど、僕はアイドルのというか、発展途上や駆け出しの方のドキュメンタリーは好きなんですが、AKB48の映画のような完成されたグループのドキュメンタリーは好きじゃないんですね。
それは、アイドルって人を笑顔にさせるのが仕事で、そんな人の裏側。そこには憂い、悲しみもあるだろうし、上手くいった歓喜の場面もあるだろうけど、絶対、そういうのを見て同情しちゃった瞬間に、その子たちはアイドルじゃなくなって、もっと違う特別な感覚になって、それが俗に言うAKB商法、握手会にも通づるのかもしれないけど、何かそれは怖い。
何か書いてることがごちゃごちゃしてまとまりないんですが、言いたかったのは"良い余白"みたいなのをもっともっと残しても良いのかなと。僕も個人的にこれは留意していて意図があって細かく、大きく入れてたりして、それを全部わかって欲しい、説明したい気持ちもわかるけどそこに余白を残すことによって、あとは受け手と出し手の信頼にかけるみたいなものがもっと増えても良いのかなぁと。
模範解答じゃなくとも、勝手に解答作っちゃって良いと思うんですよねぇ。