滋賀・大津市男子中2生自殺 市教委「自殺練習」の事実確認せず(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース
僕の持論では、いじめは永遠にされる側が悪い。どんな状況になろうとこの持論は変わらん。
というのも、もちろん、加害者を悪と考えるのもわかる。わかってて助けない人も悪い。だけど、こうやって自殺した後のいじめ問題があった後に、教育委員会だったり、現場を責める行動も、その自殺した子に比べれば何十分の一くらいのダメージなのかもしれないけど、いじめとやってる構造図は変わらないと思うんですね。
簡単に言えば、誰もが加害者になりうる状況の中、やはり加害者の責任は多いけど、人間は極論自由なのだから、仮に被害者なら、その現場から逃げてしまって良いと思う。そこから逃げる選択肢を選ばず、永遠の被害者を選ぶのか、逃げたとしても被害者からいつか脱皮できる日はいつか来る。
そのいじめられてることの恥ずかしさとか悔しさとか辛さとか諸々… それを解決することに自分の命を絶つことも自由。したけりゃすれば良いけど、その後にいくつも問題が見つかろうが、その人は生き返らないし、その学校で永遠にいじめが消えることもなければ、全国でいじめられる人が助かるわけでもない。ただただ、被害者遺族の感情が少し和らぐと言いますか、ほんの少し軽くなるぐらい。
僕のもう一つの持論では、復讐心は何も生まない。
今更アンケートして、犯人見つけて、土下座でも何でもさせて、周囲に晒されて… それはいじめっ子がしてたことと何も変わらないなぁと。仮にいじめられっ子がいじめっ子になれば救われるのか?とか考えたけど、絶対そういうわけでもないし。
がしかし、犯人=加害者は何かしらの罰は受けるべきとも思うし、それは本当の意味での厳罰を受けるべきとも思うけど、そこのバランスが難しい。またいじめと同じことを大人が大人同士で、そして、子供に対してすることが教育なのか。同じ事をして救われる人なんているのか。
世の中、どんなところでもいざこざはあって、もう人生何周かして、大きな心でそれを受け入れる人もいれば、子供のように群れをなして相手を傷つけることでしか解決を見いだせない人もいる。
あくまでも方法論の違いなのだけれど、その方法は天と地の差で、やっぱり、後者がやってることは子供で…。だけど、それを永遠に大人になってもやってる人はいると思うのよね。そんな時にずっとずっと我慢して、逃げという選択肢を引き出しに用意してなかったら、もう本当にしんどいと思う。
だからこそ、いじめ問題は被害者側が悪い。そう思って、その他の辛辣なるいじめから回避しちゃって良いと思う。そういう意味でも持論。仮に加害者が悪だと考えたら、ずっとずっと学校に行ったりして、無駄な体力使って戦い続けなきゃいけないから。