子供は被害者? 加害者? | Tokyo〜サクセスライフ2〜

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1日の内の感じたことや出会った出来事などを中心に書いています。


Mr.Childrenの曲に『タガタメ』という曲があって、歌詞に


"子どもらを被害者に 加害者にもせずに この街で暮らすため まず何をすべきだろう"


今日書いた"真意"の話と繋がって、この曲の意味がまで僕の中ではまとまってなくて


だけど、昨晩とあるリツイートが回ってきて、そこから"親心"というものを考えた時、少し自分の中で答えが見えてきた。

親心って? - Togetter

この話の発端はこの画像とともに、「こんな親にはにはなりたくない」とリツイートが回ってきた。

$Today~大学生活~

そして、このリツイートは100件以上リツイートされ、元々、このツイートした人は謎の信頼で毎回同じようにされてるみたいだったんですが。。。


だけど、これ見たときに純粋にこの人の方が賛成意見は多いと思ったけども、その賛成意見が多いことという事態こそが、この画像からの問題提起に繋がってると思った。


この親は自らの主観の考えで、他の同級生と違う趣向に走ってる娘を不安に思い、ネット上に書くぐらいだから自分でも考えてるんだろう。もしかしたら、一人目の子供かもしれない。そんな中、違う趣向に走ってる娘に、親が他の子と似ている趣向のものを提示している。


これを娘の方に視点を合わせると、娘側は同級生の趣向に合わず、親からの提示も拒否していることは、娘側からの親の否定なんですよね。だけど、その視点の議論がない。


もちろん、僕も今も子供ですし、ああいう違う趣向を理解されなかったり、されたり…。みたいなことはわかってるつもりです。賛成の人の意見を言えば、別にそんな他の子と同じでなくても、自分自身の趣向を持ってるのだから、それは素晴らしいことで、それを親の主観で他の子と違ったり、親の感性ではわからない趣向を、その親の感性で否定されることは、その娘の色々な可能性を否定しているのではないか?ってことでしょう。


しかし、それは"親の責任"ということを考えてみると、そんな都合よく可能性だけを肯定していられない。


親の責任ってのは、やっぱり、娘を親の主観の健全の道に導くこと。僕も昨日初めて親心ってことを考えてみたけど、それを考えると、娘の趣向が他の子と違ったり、自分の感性にはない趣向を持っていたら不安にもなりますよね。そして、それが自分の思う健全な道と違えば、それを異常と捉えてしまいますよね。そして、それが非行の道に走るかもしれないなんていう考えてしまう親もいるかもしれない。それは親の主観による判断だから致し方無い。


それで心配になり、相談する。そういう親を自分の主観、感性で違うから否定する。←これこそが、この例の親とやってることが同じなんですよね。


別に僕も納得するような理由があれば、良いんですよ。だけど、結局言ってることは子どもが被害者ばかりの視点で論が続いていて、"子どもが加害者かもしれない"のような、可能性の話が抜きにされている。


それを議論の飛躍、論点の逸脱と言われてしまうのであれば、こっちから言えばあらゆる可能性を無視してるとしか言えない。


やはり、今朝アップされた『真意』の記事と同じで、色々考えることをやめてしまって、表面だけ見て判断してる人が多いんじゃないかな。そこから本質的な問題だったりが見えてくるのだと思うのだけど…。それを飛躍だの逸脱だの言ってるから、深いことを思えない、考えられないんじゃないの?って思いましたし、感じました。


『タガタメ』の歌詞の答えは、もしかしたら、親心が芽生えたら、得られるものだと思いましたね。


いつも子どもは責任を親に押し付け、そこで被害者顔をする。だけど、それはある意味、子どもが加害者となって、親を被害者として傷つけてるのかも。という考え。


少年犯罪も、その加害者は親だけど、ある意味、その事件の被害者以外にも色々な被害者はいるわけで、そこで、その少年は色々な加害者になってるのではないのかなーと。


僕も考えていなかったけど、子どもっていつも被害者の役割しかやらない、与えられない。親は責任がある。その分なにをしたって加害者になるリスクがある。しかし、その中で子どもはルールのない自由を求める。


僕はね、ある意味、テレビの見られない家庭で、テレビを見るように頑張る努力のような、そういうのが子どもには一番必要で、そこから考えることの練習が始まると思ってる。それを親のせいにして、簡単に片付けてたりしてはいけないと思うんです。


"タガタメ=誰がため"


という意味合いで、親って色んなものと戦うけど、それは自分のためではなく、子どものため、だけど、子どもが自分の主観と違う時、"誰がために戦ってるんだろう?"なんて疑問が湧いてくるけど、結果、どんな子であっても、愛すことしかできない。そんな親のために子どもができることは自ずと見えてきますねぇ。


そして、その愛に気づいてあげること、応えてあげるものが、子どもの役割なんじゃないかなぁ。