昨日は非常に悲しいニュースが流れた。
なんど、巨人、阪神で活躍し、その後は近鉄の投手コーチを経て、日本ハムのコーチの小林繁さんがなくなった。子供のころは、私は王貞治さんの756号ホームランを打った時のポーズをよくまねしていたが、子供心ながら、小林投手も名前は聞いていた。しかし、巨人から突然の阪神へのトレードとなり、何故阪神に行ったのかはその当時の私は理解できなかった。
小林繁さんといえば、江川卓投手との電撃トレード。江川卓さんは空白の一日を使い巨人が無理やり契約。ドラフトは阪神が一位指名だ。この当時のプロ野球選手は誰しもが巨人にはいりたかったはず。その入り方があまりにも批判を浴びたのは周知の事実だ。小林投手も2月1日のキャンプイン前の1月31日の羽田から宮崎に行く途中で球団から呼び出しがかかり、阪神にいってほしいといわれたそうだ。理由はなにもおしえてくれなかったという。なぜ小林投手が阪神にいったのか?江川とのトレードはもちろん、江川に引けを取らないことと、巨人の勝ち頭で阪神はかなり小林投手にはやられていたそうだ。そのため、負け数を少なくするために、小林投手は阪神が指名したようだ。阪神に移籍後の一年目は22勝で巨人に対しては8勝と新たな巨人キラーとなった。
それよりも、江川投手は小林投手とのトレードに関しては十字架のように背負っていったが、たしか江川投手が現役を辞めるときに小林投手にはしっかりと謝罪したいといっていたのを覚えている。2007年に黄桜のCMで共演し肩の荷が多少おり、少しずつ、わだかまりが解けていくことを期待していたのに、残念であろう。
昨日は球界の偉大なる選手をなくしたことは冥福を祈りたい。