ボンネット
かんかんかん!! かんかんかかん!!
下のお部屋から大きな音がする
僕たち部屋猫組は思わず顔をあげ、立ち上がった
何の音だろ・・
ねえ、お母ちゃん! 《ユリぼうず》・・ 寝てる
ねえ、お父ちゃん! 《ジンジン》も・・ 寝てる
あ、あにさん!
水玉 「なんだよ・・」
僕 「あにさん、あの大きな音はなんでしょうか?!」
水玉 「魔女だよ・・」
僕 「ま、まじょが何かにぶつかりまくってるんですか!」
水玉 「おまえ・・ フツーに物事を考えろよ、それじゃあ魔女の頭が変になっちゃたみたじゃないか、 だいいち魔女が何かにぶつかってさ、あんな高い音が出るか? 魔女がぶつかったんなら、もっと鈍くてだらしのない音がするべ・・」
僕 「じゃあ何がぶつかってるんですか?」
水玉 「トンカチとくぎ・・」
僕 「なんでぶつかってるでしょうか?」
水玉 「魔女がキャンバス作ってるんだよ・・」
キャンバスというのはどうやら絵をかく道具らしい
ジンジン
それはこの前の話で
出来上がったキャンバスはそのままホカされた
このところアトリエでは魔女が生徒たちによって追い詰められており・・
それはもうすぐ(3月)に展覧会があるというのに魔女がまだ絵を描いていないからで
生徒たち曰く・・
「とにかく魔女はダメダメ人間で、僕たちにとやかく言う資格もない!」
この時期は毎年そうだ
展覧会に出す絵を描かなきゃもう間に合わない
ギリギリの崖っぷちに立たなきゃ何もしない魔女を生徒たちがヤイノヤイノと責め立てて、それでどうにかのろのろと動き出すのが魔女だ
組み立てられただけで何も描かれていないキャンバスを見つけた生徒たちに
「魔女、いい加減に描けよっ!」 と叱られた
小学生の生徒にだよ
「さてと・・ 描くか・・」
今日のその言葉で僕らは立ち上がった
アトリエに移動だ
魔女が絵を描く時は僕らは一緒にいることになってる
誰が決めたのさ・・
僕らはアトリエに入る前に顔とか体を掻く
アトリエでそれをするとキャンバスに毛がくっついちゃうらしく、魔女が怒り出すんだ
僕らが机の上でうとうとしていると
「はい終わり!」 と言われた
ええっ! もう終わったんですか!
やりだすまでがそうとうグズなくせに
描き始めるともの凄い速さだ
それで僕らは側に行って絵を眺める
僕 「魔女、これ雲?」
魔女 「そうだよ」
僕 「・・雲の上とか間にあるのは何?」
魔女 「海」
ユリぼうず 「うみ、ってなあに?」
魔女 「しょっぱい水がたんとあるところ」
ユリぼうず 「へえ! これしょっぱいんだ!」
魔女 「触んじゃねえよっ!!」
あ~ぁ・・ うみと雲が一緒になっちゃった・・
魔女は絵の具まみれの《ユリぼうず》の肉球をタオルで拭き
絵を塗りなおして
まだお日さまがてっぺんにも行ってないのに
また暇になった
僕らは絵を眺めた
水玉 「うみってさあ・・ 雲の間にあるの?」
魔女 「・・」
ジョン ブリアン 「でも僕がお空を見ても雲の間にあんなの見たことないよ」
僕 「魔女、フツーの空とか花とか描かないの?」
魔女 「それだったら写真でいいじゃないか」
僕 「痛がってる木だの、肉気のない骨顔(骨顔いうな!骸骨じゃ)とか、汁気のない果物とか、毒気だらけのきのこだの、カエルが昔の服(着物)を着てたり・・ そしてまた今回は所々にしょっぱい水のある空なのか・・」
魔女 「ああ! うるさい!! 終わり、終わり!」
魔女はおかしな絵ばかり描いて・・
だから何時までたっても貧乏なんだ
前に《伐》がそう言ってた
拝啓(背景)が終わったから乾くまで何日か待つんだって
そして乾いたらまたそこに何か奇妙な物を描くんだろうな・・
魔女
人によく聞かれる
「魔女さんはどんな絵を描かれるんですか?」
私は答える
「見ていてまったく心が休まらない絵です」
絵を描くのは好きだが、決して楽しくはない
苦しいばかりだ
私の絵は心象画というんだって
他の画家や画商がそう言ってる
だから私の前に被写体はない
被写体は自身の内面だ
目の前の空間に心のイメージを浮かべる
(その現場を見た家族には気色が悪いと言われる、多分目の焦点が合ってないからだと思う)
脳の中の風景と思考を融合させ、キャンバスに置く
だから雲は雲であっても雲でない
海もまた海であって海ではない
・・上手く言えない
最も、言葉で上手く言えるようだったら絵描きはやってない
私は他の画家の絵を観ることもないし
絵描きさんたちの研究会に誘われても・・ 行かない
授賞後のパーティーにも出席しない
授賞式にさえ出席しないこともある
著名だという画家に紹介されても、その名も知らず周囲を慌てさせることも度々だ
長老には評判の良くない魔女の絵だが
ある時、美術雑誌で作品が紹介されたらしく
たまたま書店で立ち読みしていた知り合いがそれを買って来てくれた
その評論は実に的を得ており
やっぱこれでいいんじゃんね~
そして今回の絵のバックには雲間に海が・・
魔女にとって絵を描き上げる、というのは
先の見えない賭けなのです
※ 上の絵は、軍団が言うところの 『痛がってる木』