子供の頃から、家を出ると広がる一面の木々におはようといって出かけるのが日課だった。すると木々は優しく葉を揺らし、いってらっしゃいと言うのだった。新緑の盛りには、葉は透けるようなエメラルド色になってキラキラと輝き、梅雨が明け本格的な夏がやってくると、緑はますます濃くなりギラギラと迫力のある光を放つようになる。その移り変わりが私はとても好きだった。


帰ってくるときには、1日の中で起こったさまざまなことで頭がパンパンになり、薄闇に染まりぼんやりとしか見えなくなった木々にただいまを言うことは滅多にない。木々は朝と同じようにそこにあるのに、夜の私にはそれが見えないのだった。けれど木々は、暗い気持ちですっぽりと頭から布団をかぶった私を抱きしめるように共に眠り、涙を流しながら家路に着く私の頭を撫でてくれた。出かけていくのが不安なとき、大丈夫よとそっと背中を押してくれた。

今それがとてもよくわかる。

木々は何も言わず、ただ、あの場所にあるすべてを愛した。